2010年7月16日(金)

18:11
自室にて。天気は晴れ。

〈一般事項〉
・仕事:リハウス3担当者分エリア。

〈特記事項〉
・深夜の就寝中、妙な灼熱感を感じさせられ、関節の折り目などに不自然な寝汗をかかされた。

・仕事中、全般的に露骨な工作はあまり感じないですんだ。

【夢】

☆昨夜の深夜の睡眠時。

⒈冒頭の浅い夢。短編のオムニバス。

①音楽の夢。ピアニスト(外国人の男性)がソロパートを弾いていた。後ろにもう一人ピアニスト(外国人男性)がいて、サブパートを弾いていたようだったが、メインのピアニストが弾き終えると、彼も同時にピアノから手を離して、演奏終了の合図をした。すると女声のコーラス隊が合唱し始めた。
②細い野道の先にある一軒の家にポスティングに行く。周囲は薄暗かった。その家の主らしき年配のおっさんが門の所まで出てきて立っていた。私は彼にチラシを渡そうとしたが、それはやたらに大きな植物の葉っぱ(枯葉)だった。渡すとき、枯葉だったので簡単に破れてしまい、手元に残ったその一部だけを渡した記憶がある。受け取ったおっさんは「こんなものいらない」と言った。私は(その家が道の行き止まりだったので)来た道を引き返して歩き始めた。するとおっさんは私の後をついてきて、「これ捨てるから。これ捨てるから」と何度も言った。結局私が少し行ったところで背後で彼が枯葉を捨てたらしく、バサッという音が聞こえた。
③TVの戦うヒーロー物みたいな番組を見せられたようだ。男女一人ずつの主役がいて、そのうち女性の方は、外貌は犬のぬいぐるみのようだったが、中にアイドルタレントのような若い女性が入っていた。
④とある家の1階の部屋にいる。そこは建て替える前の逗子の家の「おもちゃの部屋」に似ていた。目の前の台の上に猫がいた。最初トラ猫だと思っていたが、よく見ると少なめだが黒色の斑も認められたので、三毛猫だったようだ。母(?)が「(この猫が)歩き回って家中を古くしちゃった」などと言った。そのあと猫は台から降りて床を歩いて行った。腹が膨らんでいるようなので、私は「臨月なんだ」と言った。部屋の奥(左側)を見るとそこにも台の上に別の猫が乗っているのが見えた。


①亀ケ岡の湘南クリニック前あたりの路上で、「芸能人って増える一方だけど、出番というのは限られているから、誰もが名前を知ってはいても、最近見かけないという人がたくさんいる。そういう人たちは身体危害を食らって消されたりしてるんじゃないの?」というようなことを考えながらバイクに乗って、自宅の方へ向かった。すると坂の上の四つ角の真上になぜか高架が走っていて、そこを電車が通過し、大きな外車(リンカーン・コンチネンタル)が威嚇的に私を抜かしていった。その四つ角の向こうは街並が完全に別の街のものになっていたが、それはそれでリアルだった。私はそのまま坂道を降りていった。坂道を下りながら本来ある筈の自宅を目で探したようだが、自宅はやはり見つからなかった。前方に先ほど私を抜かしていった外車の後ろ姿が見え、ナンバーは3024だった。私はこの車を抜き返すときに「バーカ!」と叫んだが、その前方にパトカーがいた。パトカーを挑発したと思われたら面倒だと思って私は急いで左の脇道にそれた。しかしその時にウィンカーを出し忘れたので、もしパトカーが追ってきたらそのことを口実にされそうだと考え、念のためさらに細い道に入りこんだ。バイク一台ギリギリ通れるくらいの細く短い急坂を抜けると、その先は人の家の敷地になっていたが、そこも通過して下の道に出てようやく一安心した。
②省略。
③いつの間にか逗子の家の2階の旧兄の部屋らしき場所にいる。確か長机が直角に2つ置かれて、その周りに私と3人の小学生の男の子が座っていた。そこで何か話したはずなのだがその内容は覚えていない。確か向こう側の二人はほとんどしゃべらないで黙っていたと思う。もっぱら隣にいた子としゃべっていたような気がするが、私はどことなく落ち着かず、キョロキョロしていた覚えがある。
④その後ちょっと目を離した隙に、いつの間にかその部屋で私を置いて麻雀が始められていた。私の隣にいた男の子もその中に加わっていて、「ますだ」と呼ばれていた。それ以外にTOKIOの長瀬らしき人物も雀卓を囲んでいて、男の子に「ますだ麻雀強いのか?」と訊いていた。男の子は「強いよ!」と答えた。窓の外を見るとまだ明るく、青い空に雲が浮かんでいたが、部屋の中にあったデジタル時計を見ると、時刻は19時25分だったので、「へえ、まだ明るいのか」と独り言をつぶやいた。私はその部屋を去ろうと思って、携帯とその充電コード、あともう一つ何か(忘れた)を取りまとめようとしたが、その動作にイヤに手間取った。その後ようやくそれらをまとめて抱え持つと、麻雀をしている連中に「失礼します」と一言挨拶をした。すると卓を囲んでいた竹中直人らしき人物が、「バイバイね」と言葉を返した。部屋を出て隣室の旧自室に入ったあと、抱えてきた荷物を本棚の上に置いた。


①逗子の家に居た。そのとき家族は外国からの客人(アメリカ人?)を迎え入れる準備をしていたようで、家中バタバタしていた。私は風呂に入ろうと思ったのだが、なぜか《今救急車のサイレン》浴槽が玄関先に置いてあった。母(?)が「〇〇さん(外人客)のために洗っといたんだけど、入っていいよ」と言った。そのあと伯父《今救急車のサイレン》(母の2番目の兄)らしき人も出てきて、「血を流してお湯を真っ赤にしないのなら良い」などと言った。
②省略。
③どこかの幹線道路周辺の風景が目に映り、そのあと道端のガソリンスタンドにズームインしたようだ。そこに空中に横書きで「手取り66円 明日もがんばる」という文字が浮かぶのが見えた。

☆今日の午前中の飲食後の睡眠時。

⒈あるアパートの一室に一人でやってくる。そこは兄の部屋ということになっていたが、部屋の雰囲気は南長崎にいた頃の私の部屋に似ていた。私はそこでオナニーをしようと思い(なんか最初からすごく勃起していたようだ)、早速ペニスを取り出して少ししごいてみたりしたかもしれない。そのあと精液が飛び散ったらまずいと思ってティッシュを箱から一枚だけ取って床に敷いた。しかしすぐに続きは始めず、まずおかずを探そうと床を見ると、お誂え向きに昔風のエロ本(べっぴん?)が出現していた。その傍らには女の裸体の写ったちぎれたページも落ちていた。しかし私はそれらを何故かスルーして部屋の隅にあった4つの引き出しを開けにかかった。この引き出しは逗子の家の旧兄の部屋にあるのと同じもので、その右下の引き出しにはエロ本が入っているのを私は知っていた。しかし開けてみると右下の引き出しには何も入っておらず、結局どの引き出しの中にもエロ本らしきものはなかった。と、そこで目が覚めた。

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2008年12月24日から2011年6月11日までの日記。異常な日々。

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