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2009年12月21日(月)

今日も自室にて。天気快晴。

昨日はあの後出かけた。バイク屋でエンジンオイルと先日切れたヘッドライトの交換を頼んだが、その時ヘッドライトのカバーガラスが割れていることに初めて気付いた。また、タイヤも溝がなくなってツルツルになってしまっていたので、その交換も頼んだ。3時半までに出来るということだったので、そのあいだ時間潰しを兼ねて歩いて三和まで買い物に行った。途中ミニパトが私の横を通りすぎて行ったので、またかと思ったら、おそらくその同じミニパトがその先で引き返してきたのだろう、再度向こうからミニパトがやってきた。三和までは意外に遠く感じた。買い物を済ませ、戻ってくると、行きにパトカーに2回出会った道で今度は別のパトカーが通り過ぎて行った。まあパトカーの出現は私にはよくあることなので、違うかもしれないが、昨日についての記述「警察がこちらに来ないかとウザく感じていた」あたりに反応しての嫌がらせ&仄めかしかもしれない。そのあと聴いていた音楽ごと携帯の電源を落とされた。

追記:事故って横転した時にでも割れたのだろうと思っていたが、後日、自宅マンション駐輪場の私のバイクの定位置で、カバーにピッタリはまる破片を見つけた。この駐輪場で何者かに割られたらしいことが判った。

バイクを引き取り、そのままバイクに乗って帰宅。自宅マンション近くまで帰って来たところでやたら多くの車の出現があった(コリジョン兼ナンプレのアピールといった感じ)。帰宅後は買ってきた酒を飲みながら、途中からまたグーグルアースをやり、そのあと就寝。その時見たは覚えていない。目が覚めたとき時刻が既に午前2時を過ぎていた。今日は仕事を休むわけにはいかないと思っていたのだが、なかなか目が冴えずしばらく目を瞑ったままぼーっとしていた。するとその時、超早回しにしたような極めて高い声(帰ってきたヨッパライのような)が、一瞬頭の中に響いてきた。ほんとに短い声だったのでなんと言っていたのか不明瞭であったが、「オキロ」と言っているように聞こえた。意識の水準が覚醒側にあるときにこのような聞こえ方をする音声というのは、今まで私が判定保留としてきた入眠時の音の聞こえ方とは明らかに異質であった。この声については確実に音声送信によるものだったと判断できる。

そのあと支度して仕事に出かけた(リハウス4担当者分+共通物件)。携帯の電源は自宅マンションのバイク置き場に着いた時に落とされてしまった。そういえば昨日の朝ぐらいから駐輪場に原付バイクが一台増えており、そのナンバーはH-8451。8451は「はよ来い」と読める(少なくとも私は心の中でそう読んでいる)のだが、H(アルファベット)というのは米軍関係者の所有を意味している。これもまあ何かの仄めかしだろうと思っている。米軍関係者がこのマンションに住み始めたのだろうか?普通ないと思うが(笑)。今救急車のサイレンが鳴り始めたが、続きを書く。往きに淵野辺のシェルスタンドで給油しようとしたが、またもやクレジットカードが使えなかった。この、カードが使える店となぜか使えない店というのは系列等全く関係なく、要するに「集スト加盟店」に当たると使えないらしいということがはっきりしてきた(もちろんそれ以外に外部から遠隔操作で一時的に使用不能にさせられるというケースもあると思う←2016年10月18日追記:現時点ではこちらの方が主だったと思っている)。今ジェイコムのコンセントカバーが音を立ててひとりでに外れた。H-8451のバイクについて書いているときに鳴り始めたサイレンも延々しつこく鳴り続けていたし、さっきからおかしな現象が続いている。

仕事中、共通物件エリアではまた新聞配達とのバッティングが多かった。特に最初のマンションに到着した時、ジャストタイミングで逆方向から乗りつけてきたのが目立った。新作のパークホームズでは、玄関付近に焼き芋の匂いが漂っていると思ったら、奇妙なことに道端に二・三本焼き芋が置かれていた。今日は変則的な順序でエリアを回ったので、最後が宮崎台となったが、ワコールの前では警察官が集まっていて、捜査のようなことをやっているように見えた。まあこれも深読みすれば「警察が来るのをウザく感じ」そうな場面を演出してきたストレートシアターだったのかもしれない。8時過ぎに仕事が終わって帰途についた。

帰り道、腹が減っていたのですき家のドライブスルーで牛丼を買って、そのあと近くの米の自販機で米を買った。牛丼を食べる場所を探しながらバイクを走らせ、上麻生の駐車場にいったん決めたが、腰を下ろした途端にドブの臭いが鼻をついた。すごくタイミングが良かったので思わずニオイ送信を疑った。すぐ近くに川が流れていたので、その川からのニオイであった可能性もあるが、少なくともそのニオイが私の方向に流れるようにタイミング良く風を吹かせるくらいのことはしてきた筈である。その後さらに移動して、今度は鶴川の近くまで行ったところにあるファミマの駐車場に腰を下ろし、そこでようやく牛丼にありついた。

帰宅後風呂に入り、出た後ブログチェックをしていると、最近多い不快刺激と眠気が同時に襲ってくるパターンの攻撃を喰らい、その後の睡眠時には薄い朦朧とした意識のままリアルな状況に投げ込まれるといったタイプのが展開した。覚えているのは最後の方で、

家族(父・母・兄・私)が揃って、交通量が多い道路の交差点(鎌倉の大町辺りに似ていた)にある小さな公園で話し合いをしているのだが、父と兄が集スト被害を訴える私に対して開き直って突き放すような言葉を浴びせてくる場面が展開した。思い出せるのは兄から、「お前は何もできない」というようなことを言われたあたりから。その言葉自体は受け入れなくてはいけないというような、ヘコんだ気分だったような気もするので、その前段に私が何かで失敗するとか、タスクをこなせなかったとかいう場面が用意されていたのかもしれない。すると横から父が、「しかも無駄が多い」と口を挟んだ。「何もできない上に、無駄がある」と繰り返した。また兄が「俺たちは自分を守るのに精一杯なんだから」というようなことも言った。私は「別に愚痴ったっていいじゃないか。泣きつくったって声を上げてビービー泣くような真似するわけじゃないし」と言ったようだった。
その後、我々のすぐ横の通りを走っている車の中に、右のヘッドライトが鉄板で隠されて片目になっている青い軽自動車を見つけた。時刻の設定が昼間だったので、の送信者としては片目ライトを強調するためにこのような細工を必要としたのであろう。私は「片目ライトはイルミナティの目を表していて、」(兄はこの時だけはわかるわかるというように頷いていた)《今また救急車のサイレンが鳴り出した》「被害者の周りにはこのような車が多く現れる」と言った。

目が覚めた後も不快刺激が続いていた。への本人出演の問題で私が絶対ごまかされないぞという姿勢を示しているので、開き直ってきたとも取れるような内容のだった。

書いている間じゅう、頻繁に左乳首を勃たされた。

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2008年12月24日から2011年6月11日までの日記。異常な日々。

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