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2009年6月23日(火)

15:16
今日は梅雨の晴れ間ということでひさしぶりに多摩ニュータウンの運動公園に来ている。公園に誰も先客がいなかったのはラッキーだったが、来るなりヘリが頭上を通過し、付近でやたらうるさい作業音が鳴り響き始めた。

昨日はあの後ワインを飲んで豚肉食べて寝た。その時見たは最近多い、「いろいろなことがあった」ような感触を残すだったのだが、例によってどうしても最後の方しか思い出せない。

①どうやら私は久木新道の道脇の藪に寝泊まりしているらしく、そこから坂道を上っていく。道の上に安物のオペラグラスのレンズや新聞が落ちているのだが、それらはどうやらの中の前の場面で帰り道に私が落としたものらしい。新聞を拾い上げてみると、大相撲の星取表が目に入った。右の一番下の力士の成績が不戦敗も含めて目立って悪く黒星ばかりが目についた一方、東の小結あたりに位置する力士が成績も良く、若手の注目力士らしいということが分かった。コバンの家の下隣にいもっち(妹尾友里江。チャイムのパーソナリティーの女の子)の家があるというのをどこかで聞いていたらしく(その場面は覚えていない)、そこを通りすぎるときに見てみると確かにいつの間にか新しい家が一軒建っていた。そのあと場面が変わり、
②いつの間にか小さなラウンジ様の場所に座っていた。前のほうの席に座っていた短髪で太めの若い女が、私の方をチラチラ振り返りながら、「ビッグヘッド」がどうのこうのと言っているのが聞こえた。そのうちその女はいつの間にか開いていた窓越しの隣室に移動しており、そこでもまた「ビッグヘッドって呼ぼうよ。〇月さん(私の苗字)に聞こえるように」などと言ったので、私は窓の向こうに飛び込んで女に襲いかかった。後ろから頭にグリコや肘打ちを食らわせながら、「自分にも目立つ弱点があるだろ。そんなことばっかり言ってると、その部分を真っ先に言い返されちまうんだぞ」と言った。「心が弱ってるんです。幻覚とかも見るし」などと女は言っていたようである。

2009年6月26日(金)

12:35
今久しぶりに高田橋の下に来ている。

~中略~

カップラーメンと鶏肉ソテーの残りを食ってゴロゴロしていたら再び眠くなってきて寝た。その時は久しぶりに窓を開けていたのだが、そのおかげで室内環境が快適になっていたせいか(電磁波照射も止まっていた模様)、最近はあまり見ることのなかった、極めて浅い眠りを維持した状態での大変リアルなを見た。覚えているのは、

高層マンションのような高い建物のベランダにいる場面あたりから。眠りが非常に浅かったためにもうその時点で既にこれがであると気づいていた。「これはだから大丈夫」とわざとそこから飛び降りて見ると、やはりゆっくりと降下した。その後、結局見知らぬ海岸の波打ち際に降り立ったのであるが、そこの風景が、総天然色による360度の大パノラマといった趣で、実に鮮明だった。海岸をしばらく歩いた後、いつしか今度は山の斜面を横切る、よくありそうな田舎の小道を歩いていた。道端には草木が欝蒼と茂っていたのだが、それらの葉の姿などもディテールを精緻に捉えることができるほどリアルで鮮明だった。ただだということには気づいていたので、確か歩きながら「すごくリアルなんだけど、どことなく存在感が不安定だな」などと独りごちた(本当はもっと長々としゃべっていたような気がするが、正確には覚えていない)。その後その山の斜面を降りていくと、下の方にモデルルームみたいなスペースが作られてあり、そのまま歩いて入って行けるようになっていた。そのモデルルームの中をしばしウロチョロしたようである。そこは戸建ての一階部分全体をワンフロアにしたくらいの広さがあり、室内にはBGMがかかっていた。私はそのあたりで、そういえば私はそれまでこのの中で他の人にまだ一人も出会っていないということに気づいた。そこであちこちを探し始めるが、どこにも人は見当たらない。最後にたどり着いたのが更衣室のような部屋で、だだっ広い部屋の周囲をめぐるように小さな個室が並んでいた。そのうち奥の角の個室の仕切り板の下から人の足が見えたように感じたので、すかさずそこへ歩いて行き個室に侵入すると、そこにいたのは柔道の谷亮子選手と思しき女性だった。これはカナワンと思ってチェンジをお願いすると、今度は別の女性の顔になっていたので、私は構わずのしかかった。相手の女性は従順に応じて自ら後ろ向きになったようである。私はこのあたりでいわゆるカウパア漏れを自覚したと記憶する。これからこの女性と事に及ぼうと考えていたはずなのだが、いつの間にか場面が変わっていたようで、先ほどいたはずの個室よりはずっと広い空間におり、いつの間にか座った状態で裸の女の子を後ろから抱き抱え、左手で陰核を、右手で膣口を愛撫していた。目の前にもう一人裸の女の子が居て、性玩具を膣に入れっぱなしにした状態を見せながら、「何にもしなくても気持ちいいよ。ホラ」と言い、アッアッと喘ぎ声も聞かせてきた。私の右手の中指が、腕の中にいる女の子のかなり奥まで入りこんでしまうと、女の子は「体の芯に入っちゃった」と言った。もう一人の子が「えー?あたし芯なんかに入ったことないよ」と言った。構わずさらに奥を探っていると、女の子は仰向けに私の左腕の上に寄りかかってきて、笑いながら「痛い痛い」と言った。そのあと目が醒めた。

このの最後の部分に出てきた女の子二人は、直接夢の中に「出演」してきたものと考えられる。姿・声・触感ともにきわめてリアルだった。

2009年6月27日(土)

14:50
今、稲城の若葉台中央公園というところに来ている。

~中略~

昨日はあの後、ラジオ(マイケルジャクソンの特番)を聴きながら2ちゃんねるでマイケルジャクソン急死のニュースに関するスレを読んだりした後、高田橋から帰宅。帰宅後ワインを飲みながらPCに入っている音楽を久しぶりにかけて、それに合わせてテキトーに歌ったりした後、寝た。そのとき見たはほとんど覚えていないが、最後のシーンだけは覚えている。

薄暗い公園のベンチの上に寝そべっていると(野宿?)、その横を年配のおっさんが大勢の子供たちやニワトリを引き連れ、けたたましい騒音を立てながら通り過ぎて行った。私は集ストのノイズキャンペーンだと思ってすっかり腹を立て、公園のすぐ脇にあるおっさんの家まで追いかけて行って、「おい!子供まで使ってうるさいんだよ! 5時半だぞ!みんな眠っていたい時間だろう?あやまれ!」などとおっさんに詰め寄った。おっさんは陰気な目つきで私を見返したが何も返事をしなかった。玄関口に集まっていた子供たちの姿も、おっさんのいかにも集スト参加者らしい不敵で陰気な表情も、とても私のイマジネーションが造型したとは思えないリアリティを備えていた。

目が覚めた後、支度をして《今ヘリがすぐ近くを通って行った》午前1時に仕事に出かけた。ラジオではいもっち(妹尾友里恵)の「チャイム!」が始まっていたが、出発してすぐの図師町のあたりでちょっと変わった趣の軽トラが目の前に現れた。それはよく見ると焼き芋屋の車だった。もちろん営業中ではなく、薪や装備一式を荷台いっぱいに詰め込んだ状態で移動中という形だった。さすがに思いっきりシーズンオフなのでとても奇異な感じがしたのだが、暫くしてこれはひょっとして「いもっち」と「いも」をかけての仄めかしなのではないか?と思いついた。今いもっちの番組を聴いているだろう、という仄めかしである。いもっちと焼き芋の連想は番組内でも意識されており、番組内には「いつもメラメラ焼き芋いもっち」というキャッチフレーズでリスナーを熱く励ますというコーナーもあるからだ(で、いま日記を書いていて初めて気づいたのだが、昨夜のチャイムでは毎週やっているこのコーナーを何故かやらなかったと思う)。
あと、今日この番組を聴いていて気になったことがもう一つ。ゲストのミュージシャンとのトークの中で年齢の話になり、いもっちが自分の誕生日を言ったのだが、それが6月22日ということだった。それでオヤと思って、さっき日記の前の部分で確認したのだが、いもっちの家が久木新道にあるということで見に行くというを見たのがちょうどその日に当たっている… 。

2009年6月29日(月)

2:06
深夜なのでもちろん自室にて。

一昨日(6月27日)はあのあと稲城中央公園から帰途についた。三和(木曽忠生店)に寄ったとき駐車場に入ると、真正面のいやでも目に入る場所に1、3、6、9全部入り(順番は忘れた)ナンバーの車と9393ナンバーの車が2台並んでいた。これは怪しいと思いながらも構わず入店し、買い物を済ませて出てくるとその2台は揃って姿を消していたが、その駐車していた位置に銘々カラーコーンが置かれてあった。つまりもうそこには駐車できないということなのだが、そのカラーコーンは2台が去った直後に置かれたわけだから、これはむしろもともとそこは駐車禁止エリアなのだが(おそらく週末で車が混みあうのでその場所は車の出入りに支障きたしやすい)、その2台が「何らかの理由で」特別にそこへの駐車を許されており、彼らが去った今、もう不必要なので再び駐車禁止に戻したと考えるべき状況であろう。

~中略~

仕事終了後まっすぐ帰路についた。246の梶が谷交差点で信号待ちをしていたら、交差点の真ん中で大破した車が止まっているのが見えた。どうやら事故があったらしい。そこにはすでに消防車等が駆けつけていて、交通規制が敷かれていたのだが、そのときタイミングよくラジオで交通情報が始まり、この事故について伝え始めた。
まあこういう出来事は一件だけならもちろん偶然だと考えるところなのだが....。

2009年6月30日(火)

14:31

今、多摩東公園の向かい側の散歩道のはずれに来ている。見晴らしは良いのだが、下が枯れ草でちょっと座りづらい。

昨日はあの後しばらく多摩東公園で日記の前の部分を読み返したり、ブログを読んだりした。公園から帰った後はワインを飲んで寝た。夜中に目を覚ましたが、まだ寝ぼけており、暑いので玄関前スペースのフローリングの冷たさを求めてそこに寝そべり、うとうとしたりしていた。その後ビタミン飲料を飲んで人心地がつき、窓を開けたら室内の酷暑が嘘のように感じられるほどの涼気が入ってきて、過ごしやすくなった。そこで再びゴロゴロしているうちにまた眠くなってきて寝た。その時見たは、まず最初の方でごく短いがいくつも続いた。そのうち覚えているのは、

①母らしき人物と喋っている場面。猫がそばにいて、この猫をしずか(昔飼っていた猫)だと認識していたようだ。母が言うには、しずかは私たちがいない間は一人でフランスに行って過ごしているとのことだった。それ以外にも時季によって過ごしやすい場所に移動してはそこで過ごし、飽きると帰ってくるのだという話だった。私はたくましいな、と思ったようだ。
②ほんの数秒間というようなワンシーンのみのだったようだが、ガソリンスタンドの給油機の前にいて、目の前に店員がいる。私はなぜか営業マンよろしく、店員に名刺を渡して行儀よくお辞儀をし、「よろしくお願いします」と言った。店員は渡された名刺をじっと凝視していたが、いつまで待っても返事をしてくれないので、じれったく感じ始めたところで目が覚めた。
③女性の乳房がアップで目の前に現れるという場面がしばらく続いた。そのあと男女二人が浴槽の中にいて、男の方が「仕事しちゃうぞ!」などと言いながら女の局所に迫ってゆくというシーンになった。《今、ヘリが真上を通過。今まで書かなかったが、こんな辺鄙な場所の割にはさっきからどう考えても人通りが多い。真後ろをハイキングとか犬の散歩の体で人が通り過ぎる....って書いてたら大粒の雨が落ちてきた》

(ベンチのある木陰に移動)
その後長い一続きのが続いたようだった。覚えている場面を列挙すると、

まず役所の窓口のような場所で、送られてきた葉書を提出して、何かの手続きをしようとするのだが、なぜか拒否される。《今、カラスが盛んに鳴き出してうるさい!》

16:44
(続き。帰宅後、自室にて)
その役所の様子はとてもリアルで、確か私が待合室のソファーから立ち上がったら、見知らぬじいさんが待ちわびていたように私の座っていた席にすかさず入り込んできた。(私のが奇妙にリアルだというのは、視聴覚的なディテールの精緻さだけではなくて、こういう私の意識の隅をかすめる程度の、本筋とは関係のない部分において他の人々の動きが妙に現実的だということも含んでいる。もし本来のがそうであるように私の脳内の閉ざされた世界で全てが起こっているのであれば、そこでは私の無意識によって自由にデフォルメや省略が行われるはずで、自分にとって意味のない事象がこのような形で無駄なリアリティを与えられる事はないと思われる)。その後そのフロアにあった書類記入用のデスクの方に行ったら、そこには若いスーツ姿の男が何人も集まっていた。この辺の場面の前後関係は曖昧なのだが、彼らは何かの面接のために集まってきたようで、そのうち隣の部屋で面接が始まったらしいのだが、彼らのうちの一人が面接官らしき男に殴られて床に崩れ落ちるのが見えた。私はこんなおっかない面接に何故みんな集まってきているのか不思議に思った。その後のシーンについての記憶がさらに飛んでしまっているのだが、断片的に覚えているのは何か(live?)のチケットを取り出して確認をするという場面。チケットには小さな活字できれいに印字がしてあったが、その具体的な内容は覚えていない。ただ日付が6月16日だったか6月17日になっており、もう終わってしまっているのが分かってがっかりしたのを覚えている。それと、女性アスリートのグループと接点を持ったという記憶をいつの間にか持っていたのであるが、彼女らが誰で、どういった種目のアスリートで、どのような形で接点を持ったのかといった部分の記憶がすっぽり抜け落ちている。しかしこの記憶をめぐって次の場面《今、股間にザワザワ感発生》が展開してゆく。
私はこの件について(確かその時点では二・三人の名前を覚えていたようで)どういう選手なのか周りの人に確かめようとする。場所は学校の教室のような空間だったように思う。すると北野誠らしき人物がスポーツ人名図鑑のような本をめくって調べる素振りを見せた末、「いないな」と結論を下した。私は「格闘技かもしれない」と頑張ったが、彼の方は最初から私の話を聞く気がないように見えた。そこで私はムキになって、「夢に芸能人が山ほど出てくるんですけど!」と言った。「今まではこんなことは全然なかった!何か闇のエンタメみたいなものがあると思うんですよね」すると私の左側に座っていた痩せ型の男性が「いや、それは…」云々と言ってきたのだが、その言葉は実はほとんど聞き取れなかった。しかし彼の表情やニュアンスから、「君の願望が見せた夢でしょう」的なことを言っているものと判断したので、「そんな無意識の願望なんかない。芸能人に憧れなんて持ってませんよ。そりゃかわいい子がテレビに出てきたら、いいなあとか、(ここで確か阿部寛らしき人物が向こうから歩いて来るのが見えた)かっこいい人が出てきたら、かっこいいなあとか、そういうのはあるけど、変な思い入れなんかないです」などと言った。するといつしか、「あーあ、言っちゃった」というような気まずいムードになっているのを感じた。
そのあと全く今までの流れから断ち切られた形で、おまけのような場面が展開した。視覚的にはどこかで見たことのあるような、薄暗い谷戸の中にできた町並みの光景が映っているのだが、聴覚的には若い男性の声でスペイン語の文章を一語ずつ区切って朗読するのが聞こえていた。私は一語一語その声が言う通りに復唱するのだった。あたかも発音の練習のレッスンを受けているかのようだった。文章の内容は全く覚えていないが、確かpelotas(ボール)という単語はあったような気がする。

上記の夢は全て人の手が入った送信夢だったと思われるが、特に介入の証左となるような部分ということになると、地味に最後のオマケのような部分がそれに当たる。聞こえてきたスペイン語には私の知らない単語が多く含まれていたはずだからである。

~中略~

高津のクレッセントに着いた時、チラシを取り出そうとしていると、道の向こう側に止まっていた車の中から突然ひどく咳き込む声が聞こえてきた。私はその車に人が乗っているとは思っていなかったものだから、相当びっくりした。見ると開いた窓の向こうで運転席に座っている短髪パーマのおっさんが、タバコを手にしている。タバコでむせたのだろうとは思ったが、突然驚かされてこちらも反射的にムッとし、おっさんを睨んだ。するとおっさんは目を外らそうともせず、こちらに向かって何か言った。よく聞き取れなかったので、喧嘩を売る気だろうか?と思いながらおっさんの車の方へ近づいて行った。私がおっさんのすぐ横に立つと、おっさんはまたしゃべりだしたのだが、その音声が言葉になっておらず、すべて「バイバイバイバイバイバイ.....」としか聞こえないので思わず耳を疑った。しばらく聞いていたが、やはり延々と「バイバイバイバイバイ.....」という発声があるのみだった。しかしふざけてやっている感じはなかった。キリがないので私が「ちょっと!何言ってるか分かんない!」と言うと、(そうか、分かった)というような表情でうなずいたので、こちらの言う事は完全に理解できているようだった。そこで思ったのは、このおっさんはおそらく失語症の一種で、構音(音韻を作る)機能に障害を持つ人なのではなかろうかということ。このような症状を持っていては普通の職業にはなかなか就けないだろう。そういう境遇の人間が集ストに利用されやすいのはよく知られた話である。そう考えるとやはりこのおっさんの出現も集スト工作の一環だった可能性が高い。先日武蔵新城で遭遇した奇声を発する男と同じタイプの工作だったと考えられる。

~後略~

2009年7月1日(水)

14:00
自室より。

昨日は日記を書き終わったのが9時近くになってしまったので、その後すぐにワイン飲んで寝た。その時見たは覚えていない。仕事もなかったので、珍しく朝までたっぷり寝て朝食を食った。その後ブログチェックなどをしているうちに眠くなってうたた寝。その時見たは、ごく短い、ワンシーン物が2本。

①省略。
②逗子の家のダイニングで食事をしている場面。私はいつもと違って電話機側の席にいて、その左側の席に父が並んで座っていた。するとY子さん(父の奥さん)がキッチンから出てきて、空だった私のビール用の小さいグラスに生卵を入れようとしてきた。私は「ビールと卵が混ざってちゃうのはちょっと….」と言った。Y子さんはそのまま居間のソファーの方へ歩いていった。私はそういえばビールをまだ飲んでいないし、テーブルにも出ていないことに気づいた。「ビールは?後で?」と私が父に尋ねると、父は曖昧にうなずいた。すると向こうの方からY子さんが、「そんな話はありません!」と言ってきた。私がムッとしていると、父が「そんなこと言うと、…」と言いながら、怒り出さないか心配するように私の方をちらっと振り返った。私は黙りこくって目の前に出された塩ゆでいんげんを食べ始めた。その味、食感(少し硬くてシャキシャキし過ぎていた)はとてもの中とは思えないほどにリアルだった。

2009年7月2日(木)

12:09
自室より。

昨日はあの後ワインを飲んで寝た。その時に見たは覚えていない。目が覚めたあと届いていたチラシを階下から搬入した。そのあと天気も悪いので仕事は中止にしてゴロゴロした。夜中じゅうずっと被害者ブログを読んで過ごしたが、途中何度も人工的と思われる眠気を引き起こされ、その都度うたた寝した。前にも書いたが、こういう時はイメージや音が非常に浮かびやすくなっていて、一瞬でも意識のレベルがある閾値を下回ると、途端にそれらに取り囲まれ別世界にトリップしてしまう。1秒前まであった現実の自我の連続性など跡形もなく吹き飛んでしまい、眼前のの中の世界に躊躇なく没入してしまう経験を何度もしていると、人間の自我というものの脆さ、危うさを痛感させられる。マインドコントロールというのも、人間の心がかように不安定でabgrundであるという基礎与件があるからこそ成功するのであろう。ただし、うつつの端境期において前述の状態になるのは、どこまで私個人の特質によるものか、人工的な眠気を引き起こす工作に伴う効果なのかは今のところはっきりしない。

今回もごく短いワンシーンのが続いたようだったが、それは割愛し、後半部分の長い部分について思い出せるシーンを拾い集めてみる。

①小学校の教室で授業が行われている。私は教室の真ん中あたりの席にいて、先生は小学5・6年の時の担任のT石先生だった。先生が何か3拍子のリズムを唱えながら、そのくせ手は2拍子のリズムで振っていて、何かを我々に教えている様子。私は3拍子なんだから手も3拍子で振ればいいのに、と言って手許にあった鉛筆を何本も束にして左手に持ち、手を3拍子に振って見せた。しかし私の指摘は的外れだったのか、先生も周りもこれには反応しなかった。そのあと何人かの生徒が黒板の前に出て、ヨーイドンで一斉に何かを黒板に書き出した。しかしみんな課題がうまくこなせず、挫折している様子。私は「あれ何書いてんの?」と後ろを向いて周りの同級生に尋ねた。私の左斜め後ろにはタジマがいて、真後ろの席にはヤスカズがいたが、二人は答えず、右斜め後ろの席にいたナガタが、カタカナの「ア」という字を四つ書いているんだと答えた。なんだそんなの簡単じゃないかと思っていると、いつの間にか先生が、ちゃんと書けたかどうか一人一人のノートをチェックして回り始めており、私のいる列の後ろのほうの席まで来ているのが分かった。そろそろ書いとこうと思って(確かボールペンで)アという字を書こうと思ったが、おそらくインクがかすれていて書けなかった。紙が悪いのかとも思い、身の回りにあった紙をいろいろ引っ張り出して試してみたが、やっぱりダメ。一個だけなんとかちゃんと書けたが、続いてあと3個書こうとしてもどうしても書けず、あちこちの紙のスペースで試してみたが駄目だった。そこに先生が来てしまい、私は仕方がないからさっき一個だけ書けたアの文字を先生に見せて、「はい。ア」と言った。先生は4つ書けていないことについては何も言わず、OKをくれるような反応だったので私はほっとした。最後に先生が私に向かって「よし○のみ○ぎ」のニュースがあるよ、などと言った。この7文字は、先生にその意味を訊いたりして何度も反芻したはずなのだが、やはり完全に覚えてはいられなかったようだ。そのあと場面転換があり、
②いつの間にか近代的な図書館のような場所にいた。誰が居て何をしたのか覚えていないのだが、とにかくそこから建物の外にいったん出て行くシーンから覚えている。図書館の外は、ありそうではあるが実際には見た覚えのない、大学のキャンパス風のスペースが広がっていたようである。なんとなく早稲田の文キャンの本来建物のない場所に図書館ができたらこんな感じになりそうだと思われるような場所だった。その後、いつの間にか野球のボールを手に入れていて、なぜか再び図書館の中に入り(入って左隅に受付コーナーなどがあり、かなり立派な内観がリアルに目に映った)、歩きながらそのボールを壁に向かって投げて遊び始めた。やりながら40にもなってこんな所で学生よりも子供っぽいことしてるなあ、とちらっと感じたのを覚えている。

目が覚めた後、しばらくブログなどを読んでいるうちまたうとうとし始めた。その時見たは、とあるスナック風の飲食店での一場面。時間帯はまだ昼間で営業中という感じではなかった。私は出口近くのボックス席に若い女性と向かい合って座っていた。飲みに来たという感じではなく、何かの用事で来ているという雰囲気。女性とどういう会話をしたのかは覚えていない。そのうち女性が立ち上がり、何故か突然店内に来ていた他の客たちに向かって挨拶を始めた。それはすっかり手慣れた感じの、親しげな調子の挨拶で、場数をこなしてきていると感じさせるものであった。(確か第一声が「こんな店初めて!」というものだったと思う)。挨拶をソツなく終えると、彼女は店のフロアの隅の方(私の死角)に消えていった。私は自分の置かれた状況から、彼女は歌手で今日はこれからこの店を貸し切ってのミニコンサートが始まるのだと察知し、私自身は彼女に付き添って同席しているのであるから、今回のイベントのプロモーターか何かのように他の客からは見えているに違いないと考え、私も何か一言挨拶をしなくてはいけないような気分になった。私は立ち上がり、緊張しながら即興で挨拶を始めた。「本日はわざわざ三上はるかさんのためにお集まりいただきましてありがとうございます。私も彼女のことが好きで応援しております。今日は私も皆さんと一緒に楽しみたいと思っております」私は彼女の名前すら知らなかったので挨拶など試みるべきではなかったことにすぐに気づいたが、なぜか当てずっぽうですらすらと「三上はるか」という名前が出てきた。しかし言った時点ですでにこの名前が当てずっぽうに思い浮かんだことを自覚しており、もし外れていたらやばいぞ、と周囲の客の反応を伺ってヒヤヒヤしていたが、客は少なくとも表面上は聞き咎めるような素振りを見せなかった。

目が覚めた後、早めの朝食を喰った。「三上はるか」をネットで検索してみたら、ちょっとエロっぽいアニメに出てくるキャラの名前だった。もちろん私にはそんなこと知る由もない。当然送信されてきた名前であろう。また一昨日書いた送信の特徴(端役的な人物の行動のディテール)として当て嵌まることとしては、私の挨拶が終わる直前にフライングで拍手をしてしまった客がいたりした点が挙げられる。

その後またブログを読んだりスペイン語を読んだりしていたら、またもや眠気が襲ってきて眠りに吸い込まれた。その時に見た夢は、思い出せれば結構な分量の記述になりそうな長い夢だったように思うのだが、大部分忘れてしまった。どこか高い所(二階?坂の上?)で何かしらの課題(クイズ?)を与えられてそれを頭の隅におきながら、下の方へ降りて行くというシーンはあったようであるが、はっきりしない。その後ビルの廊下を歩いていると、「坂本美雨さんが登場」というような男性のアナウンスが聞こえてきた。廊下の右側にある部屋の窓が開いており、その向こうに女性の姿がちらっと見えたので、それが坂本美雨らしいと勝手に判断した。そのアングルでは顔が見えなかったのだが、そのままもう少し進んだ後、私が廊下を左に曲がろうとした際にショートカットの若い女性がその部屋の開いているドアの前に出てきていたので目が合った。その後(多分その部屋の中で)テーブルを挟んでこの女性と何か話したと思うのだが、その内容は覚えていない(おそらく前場面から持ち越していた課題について尋ねたりしたのではないかと思う)。

目覚めると、これまでの夢とは段違いの手足の痛みや足の鈍痛、疲労感が残っていた。振動攻撃がより激しく加えられたことは確実で、この夢の記憶への定着が悪いのもそのためであろうと思われる。

2009年7月3日(金)

13:37
今、久しぶりに小倉橋下流の河原に来ている。

~中略~

仕事現場への往き帰りの道中で3つばかり目立つ工作があった。

1つ目は往きの道中、野津田の辺り。パトカーが道脇の空き地にエンジン・ライトをつけたまま停車していて、私が通り過ぎた後に道に出てきたのだが、その直後「931」「631」全部入りのナンバー車両4台(2台ずつ)が連なって私の横を走り始めた。その後また大蔵辺りでさっきのパトカーが後ろから私を追い抜いて行ったのだが、その直後、改めて私に対するシャドーウィング工作であったことをアピールしてくるような不自然な動きを見せた。すなわち一旦無駄に横道に逸れ、その後すぐその先の交差点で、しれっとまた本道に戻って来たのである。

そしてその先にある交番前に停車した。ちなみにその交番というのは、冬頃そのすぐ近くで死亡事故があり、私が通勤中にその路面にたたきつけられた無惨な遺体を見せられた交番である(2月8日分参照)。いうまでもなくこのパトカーとアンカリングナンバー車両4台はコンボであろう。931と631、特に931が私に対する仄めかしを兼ねたアンカリングナンバーなので私が一番腹を立てやすく、ゾロ目、キリ番、ましてやそのリーチ程度のものは、私個人に対する仄めかしを含まないのでさほど気にならないということも先方は察知しているので、「少数精鋭で(?)」効率よく私を動揺させようと画策する場合は必ずこちらを使ってくるのであるが、今回は典型的であった。
私が当然のように警察車両や警察官を他のアンカリング車両や工作員たちと同列に記述してしまっているのが奇異に感じられるかもしれないが、実際にそうとしか考えられないシチュエーションに多数遭遇しているのである。警察が「協力者」とコンボを組みながら、あるいは率先してリーダーシップを取ってまで、このような愚劣な悪戯工作に血道を上げているのは《さっきから地面に「ぶれ」と、胸に不自然な動悸発生。》残念ながら事実である。

2つ目は帰り道、青葉警察署の前にて。私の後方で警察署から本道に出てこようとしてヌッと頭を出しているパトカーがあった。バックミラーでチェックしていると、やはりこちらに曲がってきて私の後をついてきた。青葉警察署の前の通りには、なぜか不思議なほど短い間隔で5機の信号機が並んでいる。それぞれの間隔は100mから150mといったところであろうか。普通の車・バイクなら、本当にワンダッシュで次の信号に達してしまいそうな距離である。

当然それぞれの信号機の時間差というのは計算され、運が悪くてもせいぜい一つか二つの信号に引っかかる位に調整されている筈だし、またそうでなくてはおかしい。それが今朝の場合、このパトカーが私のバイクに追いついてきてから、5機すべての信号機の前で信号待ちを食わされることとなった。それも一度も青への変わり際というタイミングはなく、すべて長時間赤信号で待たされるタイミングである。ちょっと走ってはすぐ止まり、長々と待たされるというサイクルを5回繰り返し、そのすぐ横にはパトカーがずーっとくっついているという不自然な状況を作り上げられたのである。今まで完全に信じていたわけではなかったのだが、今朝のこの件で信号の手動操作という工作を警察が本当にやっているのだと確信した。そのとき通りに他の車が一台もいなかったので狙われたのだろう。

3つ目。帰り道、馬駆の交差点(この交差点も以前よりアンカリングナンバー車両が多く出現する交差点である。どうやら彼らにとって工作しやすい交差点というのがあるようである)で信号待ちをしていたら、右側から物凄いスピードで交差点に突っこんできて左折し、キキキーッというブレーキ音を立てて私の右側をかすめていった軽のワンボックスがあった。「まったく...」と思っていると、少し間隔をおいてもう一度全く同型の軽のワンボックスが、前の車の動きをそのままコピーするかのように、同じく右側から猛スピードで交差点に突っ込んできて左折し、キキキーッというブレーキ音を立てて私の横をかすめて行った。最初の一台だけでも充分コリジョンキャンペーンだと分かるような危険な暴走だったのだが、それが立て続けに2台続いたわけで、あまりにも分かりやすい露骨な工作だった。

帰宅後、朝食を食ってごろごろしているうちに、例の眠気が襲ってきて寝た。そのとき見た夢は、例によっていろいろな場面があり、長かった印象があるのだが、どうしても記憶の糸口を辿ることが出来ず、ほんの一部しか思い出せない。覚えているのは、(今、雨が降ってきたので中断)

19:30
ただいま帰宅。帰り少し道に迷って苦労した。相模原ダイエーで買い物して帰ってきた。昨日の睡眠中に喰らった遠隔傷害がひどく、まだ尾を引いている感じだ。胃腸(特に胃)も痛く、それが帰りの道中特にひどくなった。

(夢の記述の続き)大きな部屋で大勢の人達といる場面。それがどんな集まりで、前の場面で何があったのか等思い出せないのだが、最後のほうの場面で、テーブルの上に入れ物ごと置いてあった性玩具をいわゆるギャル風の女の子たちが見つけ、これ持って帰りたいなどとあけすけに言い出すシーンがあった。そのあと参加者達の間で一つのゲームが始まる。それは任意に国の名前を思い浮かべ、それを司会者にだけ予め各々伝えておき、解答者側の人からその国名を言い当てられたら負け、というゲームだったと思う。私は近くにいた司会者に最初「インドネシア」と囁いたのだが、司会者が「…シアね」とわざと相手チームにヒントを与えるような返答をした。やっぱり別の国をということで今度は「ノルウェー」と言ったら、司会者はまた「…ウェーね」とやらかす。その後の結末はよく覚えてないが、なんか無理矢理私の負けにされ、変に場が盛り上がったような気がする。

睡眠中、頭部・上半身を中心におそらく昨日よりひどいレベルの振動攻撃を喰らっており、目が覚めたら体中に痛みが残っていた。

2009年7月6日(月)

17:04
自室にて。

昨日はあの後しばらく携帯で2ちゃんねるで久しぶりに創価公明板を見たりしたあと小倉橋から帰宅。部屋でワインを飲んでいるとき、音楽に紛れて外の方から大声が聞こえてきたので急いでベランダに飛び出してみたら、外の通りで自転車を押しながら歩いている男が一人で意味不明なことを叫んでいるのだった。よく聞いてみると「こうめい」と「女」という言葉が繰り返し出てきていた。そのあと飯を食って寝た。その時見たは、

ほんの断片しか覚えていないが、一人裸で見知らぬ寝室にいる場面。胸を触ったところ胸毛を剃った後のようにジョリジョリとした感触があった(実際にはそこには生えていないのだが)。あと後半の方で《今、右翼街宣カーが通過》男性の化粧についてのレポートが展開し(確か女性アナウンスつき)、渋谷か原宿の道端で見つけた男の子二人がサンプルとして映し出されたのだが、もともと小柄で女の子に見間違われそうな男の子がさらに女の子になり切ろうとしているような感じだった。私はそれを見ながら「これアウトだろ!」などと言った記憶がある。

目覚めたのがすでに深夜だったし、外も雨模様だったので、今日も仕事は順延。腹痛は軽くなっていた。明け方に朝飯を食ってから先程まで何度も不規則なうたた寝を繰り返していて、そのつどを見たのでそれらのだけをまとめて書いておく。

①超短編。バイクに犬を乗せなくてはいけない事態になり、いろいろ考えるがとりあえず手提げバッグに入れて前籠に乗せようと決めた。しかしそれだと前方に飛び出されたりしたとき自分で轢いてしまうことになるかも知れないなどと考え、再び躊躇し始めるといったシーン。
②超短編。前のとつながっていたかどうかわからないが、バイクで山道をひたすら走っている。スッと視界が開けて人里にたどり着いたと思ったら、そこは厚木の温水付近にあるT字路(ポスティングに二・三回行ったことがある場所)に似た場所だった。
③短編。電車のボックス席に座っているのだが一緒にいた若い女性(誰だかわからない)に窓の開閉がスムーズにいかないと言われる。原因を調べてみると、取り付けに使われているネジが元々のものより太いものに取り替えられていたのだった。しかしこのネジの取り替え作業をやったのがそもそも私だった(という覚えが何故かあった)ので、それがばれたら私がわざとこの不具合を引き起こしたんじゃないかと疑われると思って急に窮地に立たされた気分になった。
④短編。学校の教室の窓際(左側)から二番目の列の一番前の席に座っている。休み時間のようで、友人(チトシ)が私の席のところまで来ておりそこで音楽の話をしていた。彼があるミュージシャンのことを賞賛していて、ホーンを入れる時も三種類の楽器を吹き分けていて、特にコルネットの音が凄いというようなことを言っていた。そして、「聞かせてやるから」と教室の後ろの方に私を連れて行こうとする。私は「いいよ、眠いから」などと言いながらも結局連れていかれた。そこで実際に音楽を聴いたかどうかはっきり覚えていないのだが、私はチトシに、「もっときちんと聴かなきゃだめだって、確かこの前もそんなこと言ってたな?」と言いながら笑った(そのようなシーンはリアルでもの中でも実際には一度もなかったのだが)。
⑤短編。広い敷地を持つ料亭かお屋敷といった感じの建物の回廊を歩いていると、中庭から私を呼ぶ声がする。それはプリン○ピア(中高時代に通っていた塾)のK先生だった(姿ははっきり覚えていないが私は最初からそう認識していた)。先生が「ギターは弾いているんですか?」と訊いてきたので、私は「はい。今でもずっと続けてます」と答えた。すると「それじゃ今度1、2、3、4、5くらいから教えてもらおうかな」と先生は言った。私は恐縮したような笑顔で会釈して、目の前の座敷に入っていった。
⑥短編。兄と一緒にいて雑談をしているのだが、場所が世田谷にあったおばあちゃん(祖母)の家の居間(この場所の登場頻度が有意に高いのはなぜだろう?)だった。何の話をしていたのかは忘れたが、そのうち父と母が連れ立って帰ってくる。意外なことに、母が私たち(兄と私)に向かって、「(父と二人でいるところを)覗いてたでしょう?会話を聞いてたでしょう?」と詰問してくる。「そんなことはない」と私は思わず言ったが、その拍子にちゃぶ台の上に置いてあったワインの紙パックをはたいてしまい、紙パックが倒れてワインがこぼれた。「それが慌てている証拠だ」と母はさらに詰め寄ってきたようだ。「テレビで何を見ていた?」とも訊いてきたので、「別に、変なものは見てないけど…」と答えた。それはエロいビデオなどを見ていない、という含みもあって言ったのだが、母はもっぱら自分たちの姿を見ていたものと疑っていたようだった。
⑦長編だが記憶が飛び飛びである。何か見知らぬ山合いの町でポスティングをしている。街道沿いにマンション(リゾートマンション?)が並んでいたようで、それらのマンションばかりを回っていたような覚えがある。その途中で歌を歌いながら行進してくる集団に出くわした。どんな歌を歌っていたのかは忘れたが、ギターを持っている人がいたので貸してもらって私も伴奏に参加した。その後の場面の登場順序がハッキリしないのだが、街道をバイクで走っているうちにスピードを出しすぎて事故るシーン(バイク全壊)があったり、この歌はある有名人(俳優?)に歌ってもらおうということに決まって、その人の住むマンションの集合ポストにチラシを一枚だけ入れに行くというシーンがあったり、南野陽子が登場してきて私と何か立ち話(内容は覚えていない)をするというシーンがあったりした。そのあと道端の駐車場のような場所に座って、女性(南野陽子なのかあるいは既に別人物にチェンジしていたのかは定かでない)と会話している場面にいつの間にか変わっていて、私は「中学生くらいでおかしなことしちゃう子っていうのは、母親からの愛情が足りないんだよ」と言った。私の右側に座っていた女性が、「横浜銀蝿も…ね」と言ったので、「横浜銀蝿が、なんだって?」と訊き返すと、「横浜銀蝿も解散しちゃった」と言った。そのあと出入りの業者の車がやって来て目の前につけたので、彼女がそちらに寄って行くと、運転手の男が彼女にフレンドリーにいろいろ話しかけてきた。そのあと場面転換があり、なぜかその女性(小柄だった)が元いた場所からは離れた街角から再び出てきて、「いつもあんな調子なのかしらね」と、おそらく先刻の業者の男について笑いながら言っていた。

註:祖母の家は私にとって思い出深い場所の一つではあるが、私が中学生の頃にとっくに取り壊されているので、、二十数年を経た現在のにあまりに頻回登場することには違和感を覚える。しかもこの日記を始めてから急に登場回数が増えているのである。この家は新宿から京王線で四駅目の代田橋の駅前という好立地にあったが、取り壊されて現在はパチンコ店になっている。

目覚めた瞬間、下半身(脚中心)に強い痺れが引き起こされているのに気づいた。

2009年7月7日(火)

<14:19
今、高田橋の下に来ている。

~中略~

そのあと風呂に入り仕事に出かけた(今週休みのリハウスに代わって、臨時に入った住友の戸建。西大沼1・2)。6割方配って帰ってきた。帰宅後、朝食を喰ったら強烈な睡魔が襲ってきた。傷害刺激とペアでやってきたので抵抗していたのだが、結局いつの間にか寝入ってしまっていた。その時見た夢は、

後半の方しか覚えていないのだが、逗子の家に久しぶりに帰ってきたという状況設定だったようだ。しかし家の間取りは実際の逗子の家とは全然違っており、特に居間にあたるスペースがホールと呼べるほどに広かった。どういう経緯があったのか、私は父と露骨な喧嘩状態になっていて、憎まれ口を叩いたり、ダイニングで何かを飲んでいる父の上から台所の水をひっかけたりと、かなり直情的に怒りをぶつけていたようである。その後、家族一同が居間ホールの上に設置してある中二階のボックス席のようなところに集まって家族会議をすることになった。家族の中には何故か吉本のハイヒールの二人が居て、今度新しく姉弟になったということになっていた。私は父と喧嘩している場合ではないと思って、「ごめん、仲直りしよう」とこれまでの態度から豹変して言った。すると父はいくぶん表情を緩めたようには見えたが、そのまま席を離れて裏手につながる通路へ立ち去って行こうとした。話し合いを始めるために取り急ぎ仲直りしようとしたのに、出ていかれては意味がないと私は再び腹を立て、「何か言葉を返せよ」と言ったようだ。そのあと父ぬきで家族会議が始まった。その場には数人の人がいたと思うが、ハイヒールの二人以外誰がいたのかはっきり覚えていない。家族会議《今、ヘリが私の視界に入るギリギリ斜め上(真上だと橋に隠れて見えなくなるので)を飛んで行った》といってもほとんどのよその人たちばかりだったのかもしれない。兄は居たような気がするが、母は居なかったと思う《今また例の陰気な投石軍団(ガキ)が対岸に現れて、懸命に石を放っている》。私は邪魔をされたくないとか、嫌がらせをされたくないとか言ったようだ。するとハイヒールのモモコが、「寝ている間に部屋の隅で着替えるのは?」と言ったので、「寝ている間なら別に構わないけど」と私は答えた。するとさらに「布団の中に潜り込むのは?・・・あーそれじゃ近親相姦になっちゃうね」と言った。私は「近親相姦…。」確かにそういうことになるのかなとちょっと考えた(実際にはそんなことにはならないが)。その後、私はやっぱりこの新しい家庭環境にはまだ馴染めないと思って、「みんなはたくさんの話し合いを積み重ねてきたと思うけど、俺はそれを共有してきてないから、もっと話をしないと」というようなことを言ったら、そりゃもっともだ、というような雰囲気になって、いつの間にか場所が階下のホールに移り、そこに次から次へと人が集まり出した。机椅子一体型の席が同心円状に拡がり出して、会議らしきものが始まったのだが、見知らぬおじさんたちが何かをしかつめらしく論じているばかりで、どう見ても私の家族の話はどこかへ行ってしまっている感じだった。

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~後略~

2009年7月8日(水)

14:18
今、淵野辺公園に来ている。

昨日はあのあと高田橋から帰途についた。途中でスーパーアルプスに寄って買い物して帰宅、その後ワインを飲んで寝た。その時に見たは、長くて色々な場面が複合していたようだが、断片的ないくつかの場面しか覚えていない。

①省略。
②省略。
③父と話している場面。何についての話だったのか具体的には覚えていないが、持っていたカバンを開けると、中に父からの家賃補助か何かの名目で、月々5万いくらかの金額が振り込まれている旨書かれた書類が出てきた。私は、「本当はそんなに貰わなくてもやっていけるけどまあいいや」と思って、あえて拒絶を切り出すことをしなかった。
④数人のグループで、お笑い芸人らしい人物の留守電に女の声で何か恨み言を吹き込んでおくというイタズラをするのだが、私自身はどこまで実行に関わっていたのかは覚えていない。見(せられ)ていただけかもしれない。しかしそのあと何故か強い罪悪感が湧いてきて、もし本人に見破られて怒られたらどうしようと思い気が気でなくなった。そのあと本人(ますだおかだの岡田かアンジャッシュの渡部建だと思う)に聞かせる場面になったが、本人はあっさり思い当たることがあると認めてくれたので、ホッとした。

目が覚めるともう夜が明けていた。ブログチェックなどをして朝食を喰った後、うたた寝。その時に見たが、最初に目を閉じた瞬間からして既にこれがであることを自覚しているという、ちょっと特異なだった。目を閉じていると、意識のレベルがどんどん降下していて、例の擬似てんかん様の状態が訪れた。私はいつものように、そのフィーバーに乗っかろうと世界を回転させるというか、自分が高速で飛び回るというか、とにかく回転感によるスリルを味わおうとその意識操作をしていたのだが、どうも今回は今一つ回り方が悪い。また視界の中に高速で次々と落下する光の粒子みたいなものを見い出そうとし、「メテオが降ってくる!」とか何とか叫んで盛り上げようとしたがなかなかはっきりとした映像になっていかなかった。しばらくその意識の深度のまま真っ白の視界が続き、「早く何か始まれよ・・・・」と焦れていると、白い視界がじきに青に変わって、青空の映像になった。そのあと場面はありふれた電車の車内風景に変わった。私は早速近くにいた女子学生に手をかけるがうまくいかなかった。相手の抵抗以前に、そこから先が許されていないかのごとくイマジネーションがブロックされてしまい、消滅してしまうのだった。そこで一回諦めて扉の前のスペースに立っていると、二人掛けシートの扉に近い方の席に再び女子学生を発見した。また、やにわに手をかけてみるが、今度もうまくいきそうにないことがすぐに分かった。「やっぱり話をしないとだめだな」と独りごちて、改めてその女の子に「ねえ、俺と遊ぼうぜ」と話しかけた。反応がないので、「・・・.じゃなくって、君のことが好きなんだよ!」と言って女の子の手を握った。そこでもう一度女の子の顔を見ると、彼女はいつの間にか若い男に変わっていた。顔には不精ひげが残っていて、服装も今風の若い男性のものであり、先程まで居た女子学生とはもちろん完全に別人だった。

目が覚めた後、もう一度寝入ったらしい。その時見たは、いろいろあったがいくつかの場面しか覚えていないというパターン。

①省略。
②省略。
③小さいオフィスの中にいる。実際には行ったことがないはずのオフィスなのだが、オフィスの中の様子は例によって大変リアルだった。私は部屋の中のパネルで仕切られたスペースの中にいた。そのスペースは顧客や外部からの来客を応接するための場所のようでもあり、中にデスクが置かれていたことからすると、このオフィスの主たる人物の席でもありそうだった。私の近くにはそのオフィスの主である女性ともう一人アシスタント的な若い女性が居て、三人で色々と話をしていた。私はおそらく新入りの社員かアルバイトといった立場ではなかったかと思う。いずれにしろ結構長々と話した印象があるのだが、話の内容は全くと言っていいほど覚えていない。オフィス主の女性は、しっかりした好感の持てる人物だったようだ。アシスタントの女性は、ややハスキーな声が特徴的で、会話中ショートパンツ姿で横になり、私を脚でつついたりした。そのあと退社時間が来たらしく、私は「それでは」と言って立ち上がり、オフィスを辞去した。出口をくぐる間際に、「お疲れ様でした!」と声をかけると、中からオフィス主の女性の「お疲れ様」という声が返ってきた。その後ビルの廊下をしばらく歩いていると、いつの間にか屋外に出ていて幹線道路に突き当たるT字路付近の風景の中にいた。そこをとぼとぼ歩いていると、いつの間にかBGMのようにエレジーといった感じの悲しげなバラードが聞こえてきた。

目が覚めると右目だけにイヤに集中的にショボショボ感が残っていた。

~後略~

2009年7月10日(金)

18:04

~前略~

7月8日に西大沼の戸建ての仕事を久しぶりにやったときに確認したことがある。以前この日記に書いた5月27日)で、女の子の性体験の直前直後を映したような(私自身は場面に参加しておらず、映像送信によるものと判断している)があったのだが、その舞台となっていた町角の様子が、どうもどこかで見覚えのある場所のようだった。確か西大沼の奥のほうにこんな未舗装路の町角があった筈だと思っていたのだが、今回仕事で行ったついでに確認してみたところ、まず間違いないと判断できるほどに家並みがで見た光景に一致していた。

~後略~

2009年7月12日(日)

13:09
今、稲城中央公園という公園の野球場のスタンドにいる(目の前で草野球の試合をやっている)。

昨日はあの後、ワインを飲んでごろごろした。途中でまたピアノを弾いたりした。暑かったのでサッシを開けていたのだが、それで適当なコンディションになったのか、そのあと少しうたた寝した時に見たがリアルだった。(6月26日の記述に見られるのと同様の現象)。

①逗子の家のリビングにあるステレオスピーカーの下あたりに立ち、音楽を聴いている。音楽はモーツァルト風の弦楽曲だったと思う。どこかで聞いたことがあるような曲だという認識はあったが、曲名は分からなかった。主旋律に埋もれたベースラインを拾い聞きしてみようとしたが、今回はやや音がこもっていて今一つきちんと拾い聞きすることができなかった。その時点での中にいるらしいと気づいていたようなのだが、部屋のステレオラックの角を曲がると、その先が何故か別の空間につながっており、そこはどうやらデパートの階段前のスペースといった場所だった。そこに出た時点で、直前のから「覚めた」と認識していたようで、その場にいた兄に、さっきみたいなリアルなばかり見るのはおかしいというようなことを訴えた。それに対して兄は、「長いこと閉じ込められていた囚人の話みたいだな」などと、操作を否定し私の感覚異常のせいにしようとする返答をした。その反応に私は苛立ちを感じていろいろやりあったような気がするが、具体的な言葉の応酬はよく覚えていない。いずれにしろ先程の音楽のから「覚めた」時点で、目が覚めたと錯覚していたので、この場面自体がまだ夢であるとは見破れていなかったようだ。そのあと確かそのスペースにいつの間にか長テーブルとパイプ椅子からなる簡易なミーティングコーナーのようなものが出来ていて、そこに座っていた。兄もその場にいて、その他に何人か見知らぬ人が同席していたかもしれない。そこで兄が、妙にニコニコしながら「(お前の)話にだんだん深味が感じられてきたよ」などと、表面上誉め言葉にとれないこともないようなことを言ってきたが、私は先刻からの話の流れからして当然そこに嫌味なニュアンスを嗅ぎ取り、「話にならない。話が成り立っていない」と会話を拒絶した。その後いつの間にか大きな場面転換があって、
②広い部屋に大勢の男女がいるシーンになった。何も置かれていない絨毯敷きのシンプルな部屋で、三々五々近くにいる者同士で雑談を交わしているのである。私も目の前にいた20代後半位の女性と立ち話に花を咲かせて(?)いた。そのうち号令一下、一同の半分以上の者たちが、部屋の奥のほうに移動した。私と話をしていた女性もその中に入っていった。確か部屋の奥には風呂場があって、それが沸いたのでこれから(混浴で)入浴するので希望者は一歩前へ、というような状況だったように思う。前の方に集まった者たちは、男女比で言うと男の方が多かったが、女もちらほら居り、皆服を脱ぎ出した。後ろに残った私たちを観客に見立てて悪ノリしたのか、男たちの中からはその場で(下半身のみ)裸になるものが続出した。一旦フルチンになってしまうと、さらに開放感がハイな気分を後押しするらしく、その場は下半身裸の男達が興奮して歩き回る、一種異様な熱気に包まれた。私の目にも(あまり見たいとも思わない)他の男のおちんちんが2本ばかり飛び込んできた。女の参加者はどうしたと目で探してみたが、人の群れの中に隠れてしまったのか、こちらのほうはなかなか確認できなかった(場面がカオス化する前に、自ら下着姿位までは脱いでいたようだったが)。私はなんだかんだ言ってこの騒動を結構面白がって見ていたが、気がつくと目の前に身を乗り出して件の男達をかぶりつきで見ている女の子たちの背中が見えた。彼女らが居るせいで、途中から私の視界が遮られていたことに気づいたわけだった。彼女らはブルーの制服ブレザーを着ており、おそらく中学生だと思われた。私は「こいつら、のめり込んでやがるよ」などと言って笑った。

目を覚ました後、すぐに支度して仕事に出かけた(土橋2~4+溝の口・高津の2000余)。仕事終了後はまっすぐ帰宅し、朝食を食って寝た。その時見た夢は一部分しか覚えていないが、体感的には諏訪の辺りと感じられるエリアでポスティングをするという場面と、居酒屋で飲み会をしている場面があったのを覚えている。居酒屋ではコの字型のボックス席を取っていて、私は右端にいた。すぐ左隣にいた女性はおそらくA布の同級生のOさんだったと思われるが、彼女と結構デレデレとした会話を交わしていたようだ(内容は覚えていない)。通路を挟んだ斜め向かいあたりの席で同じくA布の同級生だったO川君と思われる人物が一人で飲んでいたが、どうも我々の様子を偵察しに来ているようだった。一回店員が飲み物(サワー)を運んできたときに、私が少し飲んでみて、これ違う、頼んでないと言ったら、店員はそれをO川君のテーブルに持って行ったようだった。

目が覚めると、微振動を喰らっていた。

2009年7月14日(火)

15:29
今、若葉台中央公園に来ている。

昨日はあの後、携帯のウェブでいもっち(妹尾友里江。「チャイム!」のパーソナリティー)のブログなどを読んだ。驚いたのは、彼女の誕生日が6月6日であって、先日ラジオで言っていた6月22日ではなかったということ。発音的にも全然似ていないので私の聞き違いということもありえない。

~中略~

仕事終了後、まっすぐ帰宅。朝食を食ってごろごろしているうちに寝た。その時見たは、

①省略。
②省略。
③急勾配の斜面の途中に張り出した細長い建物の中にいた。室内は薄暗く、テレビやPCのモニターが近くにあったのを覚えている。すると周りの人たちがそれを見ながら何か私に「注文」をつけてきた。その内容は具体的には覚えていないが、おそらく視覚盗撮や送信技術を使って映像作品を作ろうというような話になっていて、私の振る舞い方や視線のやり方について注文がついたものらしい。それに対する私のセリフの方だけなぜかよく覚えているのだが、「だからあ、(作品には)出ませんから!プライバシーや頭の中まで見せもんにされて、後遺症が出てないから今んところなんとか許してるだけで!」というものだった。結構憤慨していたようである。
④そのあと場面が大きく変わって、急にとある事件の再現ドラマのようなものが始まった。その事件というのは、警官による拳銃の暴発で通りがかった若者が死亡してしまうというもの。最初ありふれた住宅地の一角で、塀のない家の庭先と道端の境界線の辺りで警官らしきおじさんがボコられている姿が視界に入った。しかしその暴行に参加しているのはDQN風の若い女二人と年配の傍観気味のおじさんといった顔ぶれで、正直見ていてあまり緊迫感が感じられなかった。そのうち警官のおじさんが隙を見て立ち上がり、持っていた拳銃を点検しだす。しかしその様子も「〇〇○(部品名)~っと。△△△~っと。」といった感じでなんだか間延びしていた。確か「10年ぶりだな」というセリフも聞いたと思う。しかし予定によればそろそろ銃の暴発が起きる頃合いである。私の視野も隣家の前あたりの路上の光景を映し出していた。そこには被害者になりそうな通行人の姿はなかったので、ひょっとしたら私が被害者役?などという疑いも頭を掠め、私はとにかく大声で「伏せ~!」と叫び、自分自身も身を伏せた。しかし結局、暴発らしき銃声は聞かれなかった。

~後略~

2009年7月15日(水)

16:12

今、橋本公園に来ている。

昨日はあの後、まっすぐ帰宅。ワインを飲んで寝た。その時に見た夢は後半の方しか覚えていないが、何やら人の死体が目の前にあって、それにドクロのマークが入った布(旗?)などを被せ、その上に薄く盛り土をしてその死体を埋めるという作業をする場面があった。二人組で作業をしていたが、相棒になっていたのは多分カマタだったと思う。

~中略~

その後ゴロゴロした。例の足の血行不良と骨の痛みを引き起こされ、不快なまま逃れるように玄関先のフロアへ行ってそこに寝転がった。そのあと断続的にまどろみ、そのたびにひどく短い夢を見た。プチ夢とでもいうべきか、テレビに例えて言えば15秒のスポットCMみたいな感じである。それらはそれぞれ全く別の設定、登場人物で成り立っており、各々独自の世界が展開していた。5つか6つ、その手の夢を見たようである。しかしこの種の夢は記憶への定着もよくなく、今の時点で思い出せるのは2つばかり。

①女性の音楽家が指揮をするように腕を振っているシーンから始まる。演奏が終わると彼女が目の前に座っていた若い男性の演奏家に何か言う。具体的なセリフは忘れてしまったが、音楽家同士の会話として意味のあること(アドバイス?)を言っていたようである。
②母の運転する車の助手席に乗っている夢。母が運転中にもかかわらず何か(サイフか書類か)を取り出して調べ始める。車は普通のスピードで走っているのにハンドルが放ったらかしになっているので、すぐに車は道路脇に外れて事故になりそうになった。私が慌てて横から手を出してハンドルを切り難を逃れたが、母は全く我関せずの様子でのほほんとしている。私は「ブレーキ!ブレーキ踏んでよ!」と必死に叫んだ。

その後出かけた。とにかく暑いので、日陰でのんびりできそうなところを探しながらバイクを走らせていたがなかなか見つからず、漫然と多摩ニュータウンを抜け、多摩川を渡り、多摩川沿いを遡上する形で秋川の方まで行き、16号線に入って八王子市街を突っ切ってきた。

八王子で目の前の路上に東電の緊急車両が停車していた。其処にはパトカーも止まっていて、警官も路上に出て何かしていたので、単純に何かあったんだろうと思った。軽~く頭の隅で「集ストチェック」はしていたが、さして気にしていたわけではない。その車が走り出したので、その後について走って行くと、その車がやたらと頻繁に道を曲がり、どんどん寂しい道に入って行く。私はそれでもこれが「道なり」なのだろうとぼんやり思いながら漫然とついて行った。すると線路脇の寂しい道に突き当たってしまった。私は「これはどう見ても帰社するような道筋ではないな。とすれば次の現場に向かう道中なのだろう」と考えた。その車はさらに右折して住宅の並んでいる細い道に入って行った。私はおそらくそこが彼らの現場なのだろうと思い、深追いはせず、一旦そのまま真っ直ぐ線路沿いの道を進んだ。しかしその後200mくらい?進んだところで、念のため一応確かめておこうと引き返して戻ってみた。するとすでにその車はいなくなっていた。私がそこでオヤッと思ったのは、その道は入口からは道が続いているように見えるのだが、実際には丁字形に2つの突き当たりがあるだけで、どこにも通じていない路地なのだった。

緊急作業車

つまりこの車は私が一旦通り過ぎて引き返してくる短時間の間に、この路地で切り返しをして元の道に戻って行ったことになる。一体何のために?少なくともこの路地に何の用事もなかったことだけは確かである。・・・・まあ要するに私をやり過ごすためだけにここに入ったということだ。そう考えてみると、そもそもここへたどり着くまでの道筋も、私を「撒こう」としていた軌跡であったと理解できる。要するにパトカー&警官のいる場面でのコラボ出現でこの車の「役割」は終わったのだが、そのあと私がどこまでもついてきたのが想定外だったということらしい。私がこの件で思ったのは、やはり地味にいろいろやって来ているんだなということ。私はこの車のようなサイレンも鳴らしていない緊急作業車両などはほぼノーマークだったし、警官とパトカーの場面も第一印象ではああ何かあったんだな、と素直に了解して疑わなかった。これだけ被害が長くてもそんなもんである。しかし先方はおそらくこちらが気がつかないようなことまであれこれ手を回していちいち周到にやってきているというのが本当のところのようだ。被害者の神経過敏による思い過ごしなどというのは完全に話が逆で、むしろ実際に行われている工作の一部分のみターゲットによって認知されるのであり、大部分はターゲットに気づかれずに虚しくスルーされているといったところが実態のようである。それでもそれらをダメ元でいくらでも仕掛けられる位、馬鹿馬鹿しいほど資金や人員が有り余っているのであろう。

八王子を抜けて相原のハードオフでPC用のスピーカーのジャンクを買った。道中やはり常にアンカリングナンバー車両の濃度は高めだったし、先程の件を含めてパトカーや警官との遭遇も多めだった(この日記を書いている最中も警官が脇の歩道を歩いていたw)が、私はその程度だと普段この日記には書かないことにしている。

2009年7月16日(木)

15:30
今、高田橋より少し下流の川岸にいる(いつもの場所はホームレスにとられていた)。

~中略~

「バッカス&ミューズ(被害者ブログ)」で紹介されていた中日新聞の記事「心が読み取られる」は、思考盗聴についてのそのものズバリの記事のようでぜひ読んでみたいと思ったが、添付されている紙面の写真は携帯では判読できるほど拡大できない。そこで検索をかけてみたのだが、「中日新聞  7月7日  心が読み取られる」でいくら検索してもこの記事についてのページが何一つ引っ掛からなかった。EZウェブのポータルでもGoogleでも、Yahoo!でも駄目。中日新聞自身のHPの中でもこの記事がヒットすることはなく、「心」とか「読み取る」という言葉がかすっている程度の適中度の低い記事が最上位に並んでいたので、この記事は検索から外されている可能性が高い。なぜだろうか?《今、書いている最中に「うなぎを釣りに来た」と言う爺さんが来たので、キリのいいところまで書いて場所を移動した》

そのあと昼飯にそうめんを食って、出立。今日も昨日と同様酷暑だったので、走っているときに感じる風の涼しさを手放したくなかったせいか、なかなか腰の落ち着け処を見つけられずに漫然とあちこちを走り回った。午前中の睡眠時にやられた腹部攻撃のせいか、走っている間左の脇腹にずっと痛みが残っていて気分は冴えなかった。まず129号線で金田まで行き、そこから246号線で一旦愛甲石田の方まで。そのあと引き返して温水、毛利台、愛名のあたりを回って、愛川町からまた129号線に戻って来て北上、というようなルートを辿った。
帰りの129号線では《今ヘリ登場》後部に悪名高い(?)歌舞伎の隈取りシールを貼った警備会社のワゴンが前方を走っていたのだが、私はこの時点では例によって頭の隅にインプットする程度に処理していて、認識はしていたが特に意識はしていなかった(被害が長いとそういう意識の捌き方が出来るようになる)。しかしこの車がある交差点で、信号が青なのに不自然に停車したまま動かなくなった。おかしいなと思いながら私が後方から近づいていくと、タイミングを計ったようにそこで急に発進しはじめた。

2009年7月17日(金)

17:49
今、自室。

昨日はあの後、しばらく携帯ウェブで2ちゃんねるを見た後、帰宅。帰り道、FM横浜を聞いていたら、番組中に次の番組のDJ(ミツクニ)が少しだけ顔を出すコーナーがあったのだが、彼が開口一番、「今どうしようもなくうなぎが食いたい!とにかくうなぎが食いたい!うなぎが欲しい!誰かうなぎを取ってきてくれませんか?」などと前後の脈絡無関係に唐突にまくしたてた。このDJはこの手の暴走もアリと受け取られるようなお調子者キャラではあるのだが、以前からたまに耳にするたび、悪ふざけや脱線の方向性や強度にどこか違和感を感じさせる人物だった。その違和感の秘密というのが、やはり仄めかしの意図の挿入といったところにあるらしいことが今回の件で窺い知れた。まあこの程度のほのめかしでは別に腹も立たないが、出演者の気まぐれやちょっとした脱線のように見えるものの裏に、実は特定の視聴者への仄めかしの意図が溶け込んでいるというケースは、存外多いのかもしれない。自分に向けられたもの以外は気づくことが出来ないのだが。今回の場合、私が先ほど出会ったばかりの「うなぎ釣りのじいさん」(7月16日分参照)を短い出番の中で仄めかすためのセリフを探した結果、ああいう形になったのだろうと思う。「うなぎが食いたい」という台詞の唐突さはまだアリだとしても、そこでうなぎを「取って」きて欲しいという発想には普通ならないだろう。

その直後、クリエイトによって缶ビールとワインを買ったが、缶ビールに手を触れた瞬間バチッと放電の痛みが走った。思わず声をあげてしまったが、その後レジで精算をしているとき女子店員からお釣りを受け取った瞬間にもまたバチッと。その女子店員は缶ビールコーナーで最初にバチッときたときにすぐそばで棚整理をしていたので、彼女が何か関係していたのだろうか?しかしこの現象自体は(今回もそうだが)季節と関係なく私の身には一年中起こっているので、やはりその一環として起こったものだろう。私が直前に帯電させられていたものと考えられる。

帰宅後ワインを飲んで寝た。そのとき見た夢は覚えていない。目が覚めた後、シャワーを浴びて仕事に出かけた(溝口・高津。3担当者分)。仕事中に雨が降ってきたが支障が出るほどではなかった。仕事終了後、まっすぐ帰宅。部屋に帰ってきたら室内が妙に暖かい。床暖房でも入っているかのごとく、万年床のマットなどが体温以上に温まっていた。さらに最近は少なくなっていた、抗しがたいほどの強烈な眠気が襲ってきた。ご飯が炊けるのを待ちながら、いくら眠くてもご飯を食べるまでは絶対寝るまいと決めていたのだが、結局眠ってしまった。

~後略~

2009年7月18日(土)

13:14
今、相模原球場のスタンドに居る。このあと高校野球の県大会のY高ー日大藤沢の試合が始まる予定だが、雨がポツポ

17:08
ボールペンのインクが切れたので途切れてしまった。今帰宅したところ。野球の試合は日大藤沢がY高に4対2で勝った。私は一塁側のY高応援席にいたので、なんだか負けた気分。天気のほうは何とか試合終了までもった。そのあと三和で買い物して帰ってきた。

~中略~

仕事終了後、帰りに給油しようとして立ち寄った鷺沼出光のセルフスタンドで、私のVISAカードが使えないとの表示が出て不審に思った。仕方がないので諦めて、市が尾のエネオスのスタンドまで行き給油しようとしたときに、ガソリンタンクのキャップが無いことに気づいた。先程の鷺沼のスタンドに忘れて来てしまったらしい。急いでとって返して鷺沼のスタンドに戻ったところ、キャップは店員が保管しておいてくれたので助かった。この件はこの件で無事解決したので良いのだが、そういえば方々のスタンドで私のVISAカードが使えない時があることに改めて思い至った。それも特定の系列のスタンドとかではなく、かなりアトランダムに使えたり使えなかったりする。今回の鷺沼のスタンドでも、VISAは使えるとの店内表示がちゃんとあったにもかかわらず、入れてみると「このカードは使えません」とのメッセージが出た。この前も、古淵のスタンドで使えないとの表示が出たので店員と相談しながら何度も試したが、結局使えなかった。店員も不思議がっており、「おかしいですね、使えるはずなんですけど。磁気が弱っているとか、そういうことかもしれません」と言っていたが、その直後、ちょっと先のコスモのスタンドで入れてみたらちゃんと使えたのである。

~後略~

2009年7月20日(月)

9:17

~前略~

昨日と同様、仕事中急激に眠くなる。ちゃんと睡眠が取れていなくて疲れが溜まっているのかとも思う。途中で眠気覚ましに缶コーヒーを飲んでみたところ一旦てきめんに回復したが、その直後に入ったマンションのメールコーナーで例の地面が「ぶれる」ような衝撃波を喰らった途端、手に入れたばかりの覚醒が一気に失われ、再び急にだるくなった。帰り道では、バイクの上で寝てしまうのではないかと思うほどの眠気と戦っていた。

帰宅後朝食を食って寝た。その時に見たはよく覚えていないが、覚醒直前に目の前にいる人たちに相対性理論がどうのこうのと説明する場面があったのを覚えている(特殊相対論の方が先で....云々と言っていた)。なぜそんな発言をすることになったのか、前後の脈絡は覚えていない。

2009年7月21日(火)

15:42

今淵野辺公園に来ている。さっきまで公園内にある相模原球場で高校野球の観戦をしていて、今試合が終わったところ。

昨日はあの後ピアノを弾いたりブログチェックをしたりして、昼飯を食った後ごろごろした。その際うたた寝したが、その時見たは中高年の女性(60代位?)の三人組が出てきて、かなりあけすけにガールズトークならぬ熟女トークを展開するといった内容だった。丁々発止のテンポ良いやりとりを延々と聞かされることになったが、情報量としては多かった筈であるのに具体的なセリフについてはほとんど思い出せない。覚えているのは、自分の(おそらく性の)値段というような話になった時に出てきた「私は二十回で五千円」という台詞くらいである。当然これも送信であろう。

~中略~

仕事終了後、帰り道の江田あたりで突然バイクの走行に違和感を覚えた。タイヤの空気が抜けたときのような、後輪が横に流れるような感触である。また、その瞬間にそのとき聞いていたラジオのスイッチも切れてしまった。不審に感じたが、ざっと調べた限りでは後輪に特に異常な点は残っていなかったようだ(ラジオは復旧しなかったが)。

帰宅後、朝食を食ってゴロゴロしているうちに寝た。その時見たは、最後の方しか覚えていないが、

①誰かに商売哲学のような話を聞かされ、それに感銘を受けるという場面があったようである。確か仕入れの際には自分から買い付けに走り回るのではなく、先方から納品希望を出させるべしといったような話だったような気がするのだが、その根拠についての説明は忘れてしまった。
②そのあと路上駐車の車がひしめき合う道で、何やら手押し車(台車?)を車と車の隙間を縫うように走らせて行くシーンになった。途中勢いのついたまま手押し車が私の手から離れてしまい、これじゃ確実に車にぶつかると思ったのだが、手押し車は案外うまい具合に停まってくれて、停車していた車に軽く触れる程度の衝撃で済んでほっとした。

この睡眠中も含めて部屋にいる間中ずっと、足の骨の痛み、血行不良による痺れ、不快な発汗が引き起こされていた。その後ピアノを弾いたり、ブログチェックをしたり、昼食を喰ったりした後、風呂に入って出かけ、相模原球場に来た。最近頻繁に高校野球を見に来るようになったのは、最初来たときに買ったチケットが500円で準々決勝までの試合見放題というルールだったからである。到着した時は横浜対相模原総合の試合の途中で、結局横浜が9対3で勝ち、そのあと東海大相模対弥栄の試合が行われたが、5回コールド10対0で東海大相模が勝った。しかしこの試合が始まる直前に、観客スタンドでちょっと不可解かつ不愉快なことがあった。

私は東海大相模側のスタンド(一塁側)に座っていたのだが、試合開始前に東海大相模のチアリーダーが応援メガホンを配り始めた。最初観客席を回って、座っている観客達に自分たちから手渡していたのだが、何故か私のところにだけ回って来なかった。その後スタンドの一番下で、まだ貰っていない観客で希望する者が自分の方から貰いに行くという場面になったので、(別に欲しくはなかったが)一応私も貰いに行った。チアリーダーの間近まで来て目の前に手を出したが、何故かチアリーダーは集まってきた他の客達には次々とメガホンを渡して行くのに、私にだけは一向に渡そうとしない。流石に私も焦れて、「下さい」と言ったら、ようやくチアリーダーは私にメガホンを渡して来たのだが、その際私にだけ「後で回収しますから」と言ったのである(他の客達には一度も言っていない)。チアリーダー個人が集スト属性なのかとも思ったが、あの場面では複数のチアリーダーが関わっていたし、東海大相模という学校に何かあるのだろうかとあれこれ考えざるを得なかった。

2009年7月22日(水)

14:09

今淵野辺公園にいる。

~中略~

そのあと最近にしては珍しい、を見るのに好適な良質の(?)眠気がやってきて久しぶりにリアルなタイプのをいくつも見た。

最初に見たのは、女の背後から手を回してひたすら乳房を揉むという結構よくあるパターンの淫。それ以上の行為には及ばなかったようだ。最後にその女が私の頭の中から弾かれたように飛び出し、目の前にあったテレビ画面の動画の中に入り込んでしまった。そこでは彼女は自らの乳首をバイブの先でくすぐりながら、もう一本別のバイブを膣に入れてオナニーをしており、それを彼女の娘と思われる中学生位の女の子が眺めていた。そこで目が覚めたのだが、そこは逗子の家の2階の奥の部屋(元父母の寝室)で、私は頭を部屋の北側に向け一人で寝ていた。私の目の前にテレビモニターとそれにつながったビデオカメラらしきものがあり、作動していたので、どうやら就寝中の私の寝姿でも撮っていたらしい。そんなものを撮って何が面白いのだろうと思いながらも、何が映っているのか見てやろうと再生ボタンを押した。するとこれからビデオが始まろうというタイミングで、廊下の方に父がやってきた。私は廊下《今、雨が降ってきた》に出て行って父と向き合ったが、そのとき一旦自分の体がふわっと浮かんだかと思うと、そのあと視点が一気に床すれすれの低さまで下がった。これはおかしいと思い、「これ?」と父に訊いたら、「だ」と父は答えた。私はここを先途とばかりに「に出てきてるってことだよな?」「出てきてるって認めろよ!」「今度会ったときに訊くからな!」とまくし立てたが、興奮していたせいか、あるいは外的操作でブロックをかけられていたせいか、途中で思うように口が回らなくなった。とそこで(本当に)目が覚めた。典型的な二重夢であった。その後少しうとうとするとすぐに夢の世界が立ち現れ始めるという状態が続き、

①なじみのない田舎風の広い家の庭(背後でキャッチボールをしている人たちがいた)を横切って道路に出ていくという場面や、
②駅のホームに電車が入ってきて、待っていた列の中から一人の男性が他に先んじて車両に乗り込むのだが、その連れらしい南方系の女性は別の扉の前でまだ待っていて乗ろうとしない。はぐれたりしないだろうか?と思わせられる場面などがリアルに立ち現れた。それらはテレビのスポットCMのような超短編だったが、その後に見たもう少し長い夢では、
③私は床屋にいて散髪台に座っていた。その床屋は実際には行ったことのない床屋だったが、その内観はリアルだった。私は3つある散髪台のうち真ん中の席に居り、床屋は30代から同世代くらいの男性で眼鏡をかけていた。「満足できませんか?」と彼は私に訊いてきた。というのも先日ここに散髪に来たばかりだったからである(ということになっていた)。私は近く運動会があるので、その前にもう一度短くしておこうと思って来たのだが、よく考えてみたらお金がもったいないような気がしてきた(と、夢の中で確かに考えた記憶がある)。しかしそういった内心は言葉に出さず、結局「もう少し短くしたいんで…」と言った。床屋は散髪の準備を始めながら、急にフレンドリーな調子で話をし始めた。「ひらがなだけでメールを打ったら返事が来ましたよ。高知の子なんですけどね」「高知の?」「まだ2歳(?)の子なんですけど…」云々と、うれしそうに話しているのを聞いているうちに目が覚めた。その後もごろごろしているうちにすぐにまどろんでしまう状態が続き、その時見た夢では、
④大きな池のほとりで釣りをしていた。その池も実際には行ったことのない池だったが、周囲のシーナリーはリアルだった。途中で友人(A布で一緒だったT中君)がやってきて彼も釣りを始めるが、針の結びが甘かったらしく、途中で糸を引き上げて見ると釣り針だけ無くなっていた。その間私は釣りは中断していたようだったが、この出来事がきっかけになってなんとなくまた釣りを再開しようとした。「じゃあそろそろまた始めるか....さっき2匹釣ったんだけど」と私は言った。実際夢の中ではそのような記憶があったので、前の場面で釣れるシーンがあったのかもしれない。するとT中君が、「この上に〇〇〇〇があるからね…」と言った。〇〇〇〇は会社の名前らしく、言われて池の上の方を見ると、確かにそこに何かの工場らしき建物が立っていた。私は彼の言葉の真意を先取りして、「(釣れた)魚食えない?排水で水が汚れちゃってるか?」と言った。

~中略~

風呂に入ってから出かけ、今日も相模原球場に向かった。道中意外とアンカリングナンバー車両が少なかったので油断してしまったのだが、やっぱりやってきた。球場の駐車場にしっかり準備してあった。考えてみれば私はここのところ毎日のようにここに来ているわけだし、無料で停められる広い駐車場があるわけだし、やってこないほうがおかしいといったところなんだが。一般的な集ストナンバー(ゾロ目等)よりもとりわけ「9、3、1」「6、3、1」あたりをよりフィーチャーして集めてくるのが私に対するアンカリングの特徴。それらのナンバーを中心に、私がバイクをいつも停める場所から球場入り口へ歩いて行く道筋に沿って、ちょうど私の目に入るように配置してあった。一試合目が終わった後、それらを携帯でムービー撮影しながら歩いていたら、駐車場係をやっていた若造(おそらく他高野球部のボランティア)が私が通り過ぎるときに何か言った。「くせっ!」と言ったような気がしたのだが、聞き違いかな?と思ってそいつを見ると全くそっぽ向いていて私に何の関心もないかの様子。やっぱり気のせいかと思って、そのあと駐車場をせこせこ歩き回ってムービーを撮り、公園のテーブルのあるところへ行って日記を書いた。一段落書き終わったあと、アンカリングナンバーの件だけ帰ってから書こうと思ってバイクのあるところへ戻ろうとしたのだが、その際に歩きながらさっき撮ったムービーを再生してみた。するとさっきの謎の声のシーンも撮れていたのだが、残念ながら何度聞いても「くせっ!」と言っているようにしか聞こえない。やっぱりそう言っていたみたいなのだ。それにしてはそういう言葉を相手に投げかけて、その直後にその相手が振り返ってきた時に当然発生するような緊張感がまるで感じられなかった。だからこそ私も聞き違いかと思ったくらいなのだが、このような、言葉だけがその主の表情や佇まいから切り離されたように放たれる状況というのは、用意していた台詞を口にさせるという集スト工作に特徴的なものだろう。

2016年9月28日追記:

今日初めてこのブログの入力作業を屋外(相模原公園)でやったのだが、その最中に最低2機、超低空を飛んできて私の頭上を横切って行ったヘリコプターがあった。
この日記を書いていた頃使っていた携帯(当然ガラケー)はカメラの性能が低かったせいか(?)、ヘリを撮っても何故か小さくしか映らなかった。最大アップの設定で撮影しても、肉眼で実際に見た時の大きさに遠く及ばないのである。幾つか撮ってはみたが、その当時の映像は証拠映像としては弱いのが悔やまれる。今はスマホを持っているので、ちょうど2機目がやって来た時にスマホのカメラで撮影してやろうと思いついたのだが、慌てていて撮り損ねてしまった。今度こそ、と思って3機目をむしろ待つような心持ちになったら、今度はもう露骨に私をめがけて飛んでくるヘリはなくなった(そのくせ姿を見せずにバラバラとヘリの音だけはずーっと聞こえ続けていたが)。その後は救急車のサイレンを鳴らす工作に切り替えたらしく、それが何度も聞こえた。雨がポツポツ降り出したので帰ろうとすると、私のバイクの隣に停めてあったバイクのナンバーが9136だった(公園のバイク置き場には私のとそのバイクの二台しかない状態)。それが目に入った途端また救急車のサイレンが聞こえてきた。帰り道のナンバーアンカリングも濃厚で、何か俄かにこの日記を書いていた頃に戻ったような気がした。

現在の私の被害内容は当時のものとは少し様変わりしており、自室にいる時の遠隔傷害等は相変わらず続いているものの、その当時はまだ本格化していなかった音声送信による嘲罵(念話いじめ?)の方に気を取られていることが多い。私の現状については、いずれ別のブログを立ち上げたときにそこで報告しようと考えているが、今後《今、自室なのだがヘリが飛んで来た(笑)。大急ぎでスマホを持ってベランダに出てみたが、やっぱり撮影は間に合わなかった》私が屋外でブログの入力作業をするたびまた当時のような状況が再現されるとしたら、それもまた一興である。

2009年7月24日(金)

13:07

今、多摩ニュータウンの諏訪南公園にいる。雨模様なので屋根のあるベンチに腰を下ろした。

~中略~

仕事終了後、帰途についたがその途端に雨が激しく降り始めた。市が尾から鉄町に向かう道の途中(例の青葉署前の信号の多い通りのもう少し先)で、私の横を走っていた千葉ナンバーのトラック(トレーラーヘッド)が異常に大量の水しぶきを撥ね散らかして私にそれがモロにかかった。最初は不運な偶然という線も考え(精神衛生上、なるべくそう考えるようにしている)、捨ておいたのだが、もう一度信号待ちの後にそのトラックが私の横を走る状況になった。その時にさっきのがどれくらいのものだったか改めて確認しようとしたのだが、今度のがさらに強烈で、バケツいっぱいの水を狙い済ましてぶっかけたような勢いの水が何回にもわたって直撃した。明らかにこのトラックに何か仕掛けがしてあり、タイヤに絡んだ水をわざと吸い上げて大量に撒き散らしながら走っていたものと考えられる。そしてその直後、そのトラックは急に鉄町の田園風景の真ん中で、大急ぎで進路変更して右折レーンに入った。そのトラックに用のありそうなものは何もないような場所である。しかも右折レーンに入って停車したまま、実際に右折しようとはしないのだ。いかにもわかりやすい私をやり過ごすためのピットインである。そのあと私が近づき、運転席を見てみると、いかにもDQNというような若い男が携帯の画面に見入っていた。私が接近してくるのが想定外だったので、私が何をしてくるのか携帯画面(視覚盗撮モニター?)で確認している、と解釈するとぴったりの図だった。

帰宅後すぐ風呂に入って朝食を食った。その後ゴロゴロしているうち「脳内演説」がいつの間にか始まった。その時の私の(脳内)発言に何か不満でもあるのか、ときおり間歇的に電磁攻撃が強まった。しかしそのうちうとうとして寝たようだ。その時見たは、

若い男が病室のベッドの上で、胃カメラのようなチューブを口の中に通された状態で寝ている。患者かもしれないが、何か医学実験の被験者といった感じでもある。私もそのベッド脇についていて《今、青い服を着てメガネをかけたやつが携帯を覗き込みながらこっちに歩いてきたので、私が直視すると携帯をすぐに閉じた。私は視覚盗撮を逆手に取った筆談を試みようと思い立ち、「おいメガネ!」「何とか言ってみろ」と書いた後、その文字をずっと見ていたら、奴は再び携帯を開いたあと画面を覗き込んだまましばし固まっていた。しかしあからさまな反応はなかったので、ちょっと微妙だな、空振りだったかもしれないと思っていたら、突然右脇腹に痛みが走り、その後そのメガネが勝ち誇ったように薄気味悪い満面の笑みを浮かべながら私の前を悠々と通り過ぎた。奴自身が攻撃のスイッチを持っていたかどうかは分からないが、少なくとも私に痛みが引き起こされたことを知って、溜飲を下げたかのような振る舞いにしか見えなかった。当然奴は集スト要員で、ちょっと微妙に見えたあの反応も、携帯の画面の中に私の筆談の文字を見て適切な反応が出来ず固まっていた状態だったと考えるべきだろう。現在進行形の出来事で長いこと中断してしまった》この場面に参加していたようだ。「最初の何時間かは痛かったけど今はもう慣れた」などと男は言い、「最初のうち食べ物吐いたりしなかった?」との誰かの問いには「酸っぱいものが出てきた」と答えた。私が「胃液?」と訊いたら、男は「そう胃液」と答えたようだ。会話の流れもそのシーンにおける人間の臨在感も非常に自然でリアルだったと思う。

目が覚めた後、しばらくごろごろしていたが、その後ピアノを弾いているとまた例によって床、椅子の揺れや通電感、心悸亢進を引き起こす攻撃を受けて妨害されたので、唐突ながら隣室(402)にピンポンした。すると先刻までベランダでタバコを吸っていたはずなのに出てこないので不審感が強まった。一旦部屋に戻って昨夜の仕事の作業報告を送った後、もう一度尋ねたら今度は出てきた。まず私の弾くピアノがうるさいか?と訊いたら、ピアノがあるかどうかもわからないくらい何も聞こえないと答えた。そこで電磁波や超音波を出すような機械がこの部屋の中にないか?と尋ねたら答えは当然のごとくNO。君の仲間はどうか?と訊いたら、このマンションには自分以外にA布大学生は多分住んでいない、と答えた。ここは押し問答しても仕方がないので、結局集スト・電磁波ハラスメント被害について「事情を知らぬ第三者」にするような概略を説明するにとどまった。本人はA布大生で研究室は一外(第一外科)だそうだ。私の隣にぴったり住んでいるA布大学獣医学科の後輩が私の問題に全く無関係なはずはないのだが、彼の返答は確かに私の質問に対する模範的回答で、私に付け入る隙を与えなかった。彼がまるっきり嘘を言っているのでないとすれば、物理的ハラスメント機器そのものは彼の部屋にはないのかもしれない。しかし最低限、思考盗聴・視覚盗撮技術を使った私への「監視活動」には参加しているものと思われる。
その後、階下の2部屋にも行きチャイムを押したが、こちらはどちらも出てこなかった。そういえば最初に隣室にピンポンしに行った時、これはさすがにインパクトが強かったのか、階下からドタドタバタンと急いで部屋を出て行く音が聞こえたのだが、やはりそのことでパニクるような人間がそこにいたのだろうか?
まあ、しばらく様子を見ようと思う。

2009年7月25日(土)

14:14
今、稲城中央公園の野球場のスタンドにいる。

~中略~

仕事から帰ってきて、朝食をとった後の睡眠時に見た

天気の良い午後といった雰囲気の中、見覚えのないよその家に居る。どうしてそこにいるのか、前段を覚えていないのでよくわからないが、家の中をぶらぶらしていてもいいようなムードであった。するとそこへ家の主人らしき男性が出てくる。彼はこれから何か用事があって出かけることになっていた。私はそろそろおいとましようと思っていたのでちょうどいいと思い、「駅まで乗せてってもらえれば…」と言った。すると彼は「車は自由に使って構いませんので」と言った。私はてっきり彼が車で出かけるものと思いそれに便乗するつもりでいたので、「車で行かないの?ですか?」と訊いた。後から慌てて敬語を付け加えた覚えがあるので、おそらく彼に対する言葉遣いに迷っていた模様。彼は「お金がかかるので」と答えた(その一方で私に自由に使っていいと言うのだから、もちろん本気でお金のことを気にしているわけではなさそうだった)。

目が覚めた後、ゴロゴロしてブログチェックをしたり、ピアノを弾いたりした。昨夜仕事中に着ていて雨に濡れてしまったジャンパーとズボンを珍しくベランダに干そうとした途端、雨が降り出した。仕方がないのでそれを引っ込めて部屋干しにした。するとまもなくして雨はやんだ。

そのあと風呂に入って出かけた。稲城まで来て公園近くのコンビニでお茶とパンと朝日新聞を買った。朝日新聞は今日の「バッカス&ミューズ」(被害者ブログ)で、出所犯罪者のGPS監視という記事の一読が勧められていたのでそれを読もうと思って買ったのである。読んでみて思ったのだが、GPS監視よりも私が現在繋がれていると疑われる視覚盗撮技術を使った監視システムのほうがよほど有効だと思うので、その技術の方が非同意のまま実験的に私に対して使用されているのではないかという疑念を改めて強くした。そしてそのような目に遭うということは、やはりこの記事における対象者が性犯罪者という事からも示唆されるように、私についてもその種の冤罪が捏造され流布されているという可能性を考えないわけにはいかないと思い、不安、不快になった。実際視覚映像モニターと思われる携帯を覗き込みながら近づいてくる野次馬的参加者たちを見ていると、その態度からは微塵も罪悪感や私に対する配慮というものが感じられず、奇怪なまでに堂々としているので驚くのである。もしかしたら(1つの可能性であるが)少なくとも風評レベルでは、私が本当にそういう犯罪歴の持ち主であって、釈放との引き換え条件として私自身も納得づくでこの監視システムに繋がれているのだというような話が成り立っているのではなかろうか?と疑ってしまう。もちろんその場合でも、全員がそれを信じ込んでいるというわけではなくて、カラクリを知悉した上で「こういう話にしておこう」と、大義名分として利用している確信犯的な参加者も大勢いることだろうが。

2009年7月27日(月)

11:33

今、相模川脇の青少年広場というところにいる(高田橋下はホームレスに占拠されてしまったようだ)。

昨日、多摩川の岸辺から帰宅した後パソコンで音楽を聴こうとパソコンの電源を立ち上げたが、パソコンがおかしい。全く不規則でめちゃくちゃな誤作動が起こっている。それと同時に掃除機の大きな音が近くの部屋から聞こえ始めたので、これは誤作動と同期させて自分がそれを起こしたのだというアピールをしてきたものだとすぐに判った。ベランダに出て掃除機の音の出所を確かめると隣室404であることが分かったのでピンポンを鳴らしたが出ようとしない。仕方がないのでベランダで仕切り板を何度も叩いたらようやく掃除機を止めて出てきた(最初出てきたときにはサングラスをかけていた。部屋の中でサングラスをかけているのだ、こいつは)。そこで私はそいつに文句を言った。そいつは最初から開き直っており、喧嘩腰。そしてすぐに「警察呼べよ」と言い出した。そのあと私が部屋でワインを飲んでいたらピンポンが鳴った。奴が自ら呼んだ警察らしかった。私が無視してさらに飲んでいたら何分かしてもう一度鳴ったが、その後しばらくして帰っていったようだ。《今、雨が降ってきた》

そいつとベランダとやりあったときに名前を名乗らせたのだが、その名前は私がA布に居た頃、ここに入居した時から居る奴と同じだった。入居初夜が明けた翌日、ベランダに出たらそいつも出てきて、「仕切板が破れている、昨日までは破れていなかった、お前がやったろう」と出鱈目な因縁をつけてきた。その当時はまだ集ストというものを意識していなかったので、こいつ何を勘違いしてるんだろうと思いながら、私がマンションの設備管理会社に電話して直してもらった。そんな出来事が最初のコンタクトだったので、今思うとたまたま私の隣室に以前から住んでいたのではなく、集スト要員として私の隣室に一足先に配属されていた人間で、先述の出来事は奴らからの「挨拶がわり」のつもりだったと考えられる。その後「森山企画」という会社名を名乗って、集合ポストにその名前を表示していた時期もあった。この404については本当に数え切れないくらい怪しい出来事があり、隣室と言ったとき、先日行った402よりもこちらの方を常に意識していたと言ってよい。実際私がA布にいた頃は人の出入りがやたら盛んで、他の部屋から移動して来てその部屋に入ってくる者もいるらしく、ドアの開閉の音が頻繁に聞こえた。その割に話し声等はほとんど聞こえてこなかったので、友人同士で集まってワイワイ騒いでいるわけでもない様子。それでいて私の部屋の中での発言(その頃はまだ思考盗聴の可能性には思い至っていなかったので、声によるもの)の内容に物音などで反応してくる怪現象は24時間続いた。とても特定の住人が住んでいる雰囲気ではなく、多くの人間が入れ替わり立ち替わり使っている感じだったので、私はこの部屋がメインアジトに使われているものと長いこと思っていた。人の出入りが盛んなわりには、玄関のドアには用心深くドアノブについている備え付けの鍵の他にもう一つ鍵を取り付けてあるのだ(オプション工事でドアに穴を開けないと取り付けられないタイプのもの。そんなものを取り付けている部屋は他には無い)。私はてっきりそのあと住人は入れ替わったものと考えていたので、こいつがいまだにこの部屋に居ると知ってちょっとびっくりしたのである。ということは、もう10年近く私一人に取り憑いているストーカー専従者である。たいていの集スト参加者は生活の片手間だったり、少なくとも一般生活者を装うが、こいつにはそんなところは全然見られない。雰囲気からして明らかに「集ストで飯を食ってきた」感じの人間である。その手の「専従ストーカー」が存在することは被害者としては容易に想像ができるものの、その実物に出喰わすことはあまりなかったのだが、やはり実在していたという感じである。私にパソコンの誤作動に関して詰問されたとき、一足飛びに「じゃあ警察呼べよ」という台詞が飛び出している。これはかなり特殊な感覚と言わざるを得ない。「警察は押さえてある」という不敵さがにじみ出ており、私はこいつの言動や雰囲気からして公安の手先であろうと推測した。実際こいつはそのあと自分で警察を呼んで私の部屋に向かわせているが、こいつが呼んだ警官など話をするだけ不利になるに決まっているので、当然私は無視したわけである(面白いのは警官が来ている時に、上に書いたようなことを脳内で言語化して呟いた上、「お疲れ様でした。お帰り下さい」とこれも脳内で付け加えたら、その直後に警官が帰って行ったことである)。まあ奴が呼ぼうと呼ぶまいと、普段からパトカーや警察官を使った集スト工作を散々やられている身としては、警察にこの話をしても碌なことがないことくらいとっくに分かっているが。

7月29日後日談。PCについて。誤作動と言うよりは完全な故障で、再起不能の状態にされていた。ほとんどすべてのプログラムが作動しなくなっている。唯一起動するソフトが将棋ソフト(東大将棋5)で、他のプログラムのアイコンをクリックしてもなぜかこれが立ち上がってしまうというような状態。何かこのソフトにこだわりでもあるのだろうか?このような謎掛けのようなことをされて強いて考えてみれば思い当たることはあるのだが、気持ち悪いことこの上ない。

2016年9月28日追記:その当時何を考えていたのか明確には覚えていないが、思い当たることというのはおそらく2月4日に記したような事柄であったと思われる。

2009年7月29日(水)

15:41
今、貝取北公園に来ている。

昨日はあの後、稲城中央公園の陸上競技場の周りをぶらぶら歩きまわったりした。木立の奥にある屋根付きのポーチで2ちゃんねるを見ていたら、ヘリが大きな音を立てて低空を通り過ぎた。帰ろうと思って出口の方へ歩いて行く最中、携帯が鳴り出した。出るとスカイサービス(マンション管理会社)の人だったが、喋っているうち自分のしゃべった声が一瞬遅れて先方から聞こえてくることに気づいた。なぜかその後すぐに電話が切れてしまい、再びかけ直して来たがそれもまたすぐに切れてしまった。3回目、別の携帯からかかってきてようやく話ができるようになった。
話の内容は先日のベランダでの404との一件。近所の一軒家からクレームがあったとのこと。私は組織的嫌がらせに長いこと遭っていたところにさらに完全に人を愚弄したような先日のパソコン誤作動(というより破壊)の一件が加わったために積年の怒りを爆発させてしまったのだと正直に説明した。結局マンション管理室用のポストにその辺の事情を書いた文章を入れておいて欲しいと言われ、了承して電話を切った。話の途中で去年スカイサービスの別の社員にこの件を相談してマンションエントランスに会社名の入った貼り紙をしてもらったことを話したが、聞いてみるとその社員はもう会社を辞めてしまっていないとのこと。一体どういう事情だったんだろうか?いろいろ邪推したくなってしまった。

~中略~

付記:上の記述(本日分)を終えた後、思い出して7月27日の分の記述に後日談を書き加えていると、ホラーまがいなレベルのものすごい数(多分数千匹オーダー)の蟻がざわざわと蝟集してきて、直径10cm位の蠢く黒い円を描くという怪現象が起こった。(ムービー撮影済み。あまり鮮明に撮れなかったが。肉眼で見たときの気持ち悪さは本当にホラー映画レベル)。その場所には特にエサになりそうなものなど何もなかったのだが、あれよあれよという間に発生したかと思うと、またすぐに消滅した。これも例によって奴らによるパフォーマンスだったのだろうと思う。電磁波によって蟻の集団も誘導できるということらしい。それにしても毎回毎回、奴らのセンスというのはどうしてこうキモ系なのだろうか?

2009年7月30日(木)

13:11
今、相模川の関口付近の橋の下にいる。

ここに着いたとき向こう側からトロトロ運転のバイクの若造が来て、第一印象ではそんなに怪しいとは思わなかったのだが、私が階段を降りて腰をおろし日記を書き始めるまでの間、そいつはずっと上にバイクを停めたまま待機していた。そのあと私がGPSでこの場所を検索し始めた途端、私の背後で爆音を響かせ、「自分が元来た方向に」高速で走り去った。来るときの正面からのトロトロ運転も、去る時の背後での爆音も、私に対して自分を印象づけようとするアピールだったと考えれば辻褄が合うし、ここへやって来たと思ったらすぐにまた引き返して行ったわけで、一体何のためにここに来たのか全く意味不明なことから、やっぱり集ストであったと考えざるを得なかった。私はこの手の不審な連中を以前は気づかずに大部分スルーしてきたみたいなのだが、案外地味にたくさんいるのではないかと最近感じている。

昨夜の仕事に向かう道中、上麻生付近で奇妙な光景に遭遇した。まず自転車が倒れていて車道に投げ出されている。バイクの通り道に当たっているので不注意に走っていたら事故になっていたことだろう。私は気がついたのでそれを避けることができたが、その後すぐ先に今度は工事用のカラーコーンが同様に道端に投げ出されていた。これも避けると、今度はゴミ集積場の長い金属製の籠である。このあたりまで来ると「偶然」「風で」という説明がつかなくなってくる。そしてとどめはバス停だった(笑)。これら4つのオブジェがあたかもよく計算されたかのようにほぼ等間隔で道端に横たわっていたのである。こういった現象については、もうあれこれ説明は要らないだろう。一つだけ感想を言えば、昨日のアリの大群といい、この悪戯といい、どことなくの中での彼らの演出に近いものを感じたので、最近の部門の「不振」を見て、リアル世界にの中のようなシュールなセンスを持ち込んできたのかなどとも邪推している。

仕事中、眠くなってきて、これではまた帰り道にバイクの上でうとうとしてしまいそうだと考え、終了間際に松屋で腹ごしらえをした後、多摩川を渡った向こう岸の東名高速の橋のたもとの土手に寝そべって仮眠を取ろうとした。《今ヘリが低空飛行で近づいてきた》その時も、空を見上げていると高いところをジェット機が私の真上を正確に飛んで行くのが見えた。それも次から次へ何機ものジェット機が、同一の軌道をきれいになぞって飛んで行くのである。結局そこでは何度もうとうとしたが熟睡することはできず、帰りの道中で居眠りしなくて済む程度にしか眠気・疲れは取れなかった。

仕事中ナックファイブの「チャイム!」を聞いていた。久しぶりにバナミン(立花優美)担当の水曜日を聞いたのだが、まずバナミンの声が出番前の電車内で突然嗄れてしまったということで異様な声になっていたのが気になった。さらに、メールテーマが「あなたの考えるの国」。「」は願望という意味合いで一応使われていたが、実際にメールが来てそれを扱う際には寝ているときに見る「」の話に何度もシフトした。私がこの日記をつけ始め、日記の内容が半ば「夢日記」的な相貌を呈し始めた頃から私が聞くラジオ、とりわけナックファイブは「夢」というキーワードをぐっとフィーチャーしてきていると感じるのでこの際記しておく。別に悪意を感じるものは少ないのでさほど怒っているわけではないが、寝ている時に見る「夢」の話題はリスナーからのメールも含めて多いのが目につく。同じくバナミンの日に、バナミンが寝る前に見たい夢を言っておいて目が覚めてから実際にどんな夢を見たかを報告するという、そのものズバリのようなコーナーもあった(どういう事情か、すぐになくなってしまったが)。かける曲も《今、前方の駐車場でパトカーがぐるぐる回っている!と書いたら何もしないまま去っていった。そこいらへんの集スト車両よりもよほど怪しい動きである。なぜ何もない河原の駐車場でパトカーが狂ったようにぐるぐる走り回らなくてはならないのか?笑》歌詞の中に寝ているとき見る「夢」を含む曲が多い。「夢の中で好きな人に会った・会いたい」などといった言葉が歌詞のフレーズとして常套句の一つに数えられることくらい十分承知しているが、明らかに有意にそういった歌詞を持つ曲の使用が多くなった。私が聞いていないときのことは知らないが、少なくとも私の聞いている間においては顕著な現象である。改めて確認しておくが、私はこの日記をブログにしてネットに発表しているわけではなく、ノートにボールペンで直筆で書き込み、それを自分の部屋に保管しているだけで、誰にも見せたことなどない。ブログを書いている人でさえこういう現象が起こったらマスコミによる一般人いじりのターゲットにされていると確信するだろう。私の場合それ以上の怪現象である。しかもこの日記を外出先で書いている最中におかしなツッコミを入れられるような現象(ついさっきのぐるぐる回るパトカーもそうだろう)さえ起こっていることは今まで書いてきたとおりである。
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bukanbasabasi

Author:bukanbasabasi
2008年12月24日から2011年6月11日までの日記。異常な日々。

(日付を昇順に並べ替えるにあたって、エントリーの年月日・時刻はいじってあります。悪しからずご了承下さい。)

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