2009年7月31日(金)

13:31
今、稲城中央公園の野球場のスタンド(芝生)に居る。ここに着いてから急に周囲の人通りが激しくなった。

~中略~

さっきスタンドの上の方に座っていたら、そのすぐ後ろを行きすぎる人の流れが急に発生したのだが、その後フェンス際の地点(後ろの歩道が視野に入らない場所)に移動したら、その人波がぴったり止んだ。と思って顔を上げたら自分の真正面にあたる三塁側のスタンドにぽつんと一人だけ座っている男がいる。野球の試合ももちろんやっていないので私以外誰もいなかったのだが、なぜここに来たのだろう?と書いていたら今その男が立ち上がって去っていった…。単に私の位置情報のみではこんな細かい対応ができないことは明らかである。私の視覚情報をリアルタイムでモニターしながら動いているということが改めて確認できた一件であった。

2009年8月1日(土)

14:19
今、稲城の若葉台公園にいる。

昨日はあのあと稲城中央公園でスペイン語のレッスン本の問題集をやり、5時ごろ帰途についた。帰宅後ワインを飲んで寝た。その時見たは、最後の方だけ覚えているが、

オバQに出てくる伸一兄さんとおぼしきキャラが主人公として登場する漫画が展開した。確か主人公がどこからともなく聞こえてくる声とやりあっていて、そのうちその声と馴れ合って妥協的な態度を示すのだが、すると聞こえてくる声が自分の声をそのまま復唱し始め、主人公をびっくりさせるというような話だったように思う。

~後略~

2009年8月2日(日 )

13:54
今、稲城中央公園の木立の中のポーチに居る。天気はあまり良くない。雨降りの間隙をついて出かけた次第。

~中略~

ごろごろしながらブログチェックをしている最中、例の睡魔攻撃を受けて携帯を何度も手から取り落としてしまうほどの抗しがたい眠気に襲われた。何とかブログを読み終えたあと眠ったが、その時見たは、

ホールのような建物の前に数人の人たちと一緒にいる。そこで会話を交わしているのだが、私自身の発言というのが、「俺、全然準備してない。通しのリハ一回やっただけで」というもので、それに対して確か母とおぼしき人が「みんなそんなもんよ」などと言った。私は「じゃあ結構みんなアドリブでやってるんだね」と言った覚えがあるので、これは何かの舞台の本番前の出待ちといった場面だったらしいのだが、私自身が言った「通しのリハ」の場面というのは覚えていない。

2009年8月3日(月)その1

10:31
今、多摩ニュータウンの諏訪南公園ににいる。

~中略~

仕事に向かう道中、パトカーとの遭遇が多めだったが、この程度なら日記に特筆する必要もないと思いつつスルーしていた。そのあと仕事中はいつものように携帯でFMを聴いていたが、ナックファイブのノンストップで多くの曲をメドレーで流す番組を聴いていたところ、ポリスの「Every Breath You Take」がかかった。この曲は監視社会・集団ストーカーの世界を示唆する不気味な歌で、私は以前から「ストーカーソング」と呼んでいるのだが、それがかかったので他の局にチャンネルを変えた。といっても「ほのめかしの疑いあり」程度の認定で、チョイ避けした程度の感覚。その後アビオスで配っているあたりでまたその番組にチャンネルを戻したのだが、その時に非常にけたたましいパトカーのサイレンが聞こえてきた。至近距離ではなかったが、複数台の合唱であり、かなり響いた。時間帯も深夜2時ごろなのだから、付近の住民からすればただごとではないと感じるような不穏な喧騒。その時ラジオで流れていた曲は《今ヘリが飛んできた》ある洋楽のファンクっぽい曲だったのだが、その直後にちょっと面白いことが起こった。リアルでのパトカーの合唱が止み、その曲が間奏に入ると、その中にパトカーのサイレン音が入っていたのである。それも今しがた聞いたばかりのパトカーのサイレン音とまるっきり同じ音程・音色のものであった。

(2016年9月29日追記:日本のパトカーのサイレン音とアメリカのパトカーのサイレン音を聞き比べたところ、音の高さが大きく違っていることが分かった。原曲に日本のパトカーのサイレン音がSEとして使われるということはまず考えられないことから、ラジオ局が日本のパトカーのサイレン音を事後的に間奏に埋め込んだものと考えられる。)

~中略~

先日この日記にラジオ放送について書いている最中にパトカーが目の前で踊り回ってくれたり、今回も直前に《またヘリが来た》「ポリス」の「見つめていたい」を流してきたりしたわけで、これらを考え合わせてもどうやら放送局と警察がコラボっていることは確実のようである。今回のサイレン音の悪戯は改めてそのことをアピールするための工作だったようにも思える。くどいようだが、私一匹に対してここまで念の入った悪戯工作をいちいち立案・実行してくるということは、私以外の「オーディエンス」の存在の想定なしにはまず考えられない。

2009年8月3日(月)その2

たった今、またスカイサービスの人から電話があって、先日の文章の件かと思ったら、なんと下(3階)の部屋から私の部屋の騒音がうるさいというクレームがあったというのだ。まったく呆れかえる。先日のトラブル以来、404との壁を瓶で殴る事はあるが、今日は2回殴っただけだ。1日24時間の中でたった2回、ドン、ドンと物音が聞こえてきただけでそれを「苦情」として管理会社に訴える人間など普通はいない。明らかに私の行動を覗いているという仄めかしである。そんなことをしてくるのは加害者サイドの人間以外ありえない。
今朝寝ている間に今までよりもひとしお酷い遠隔傷害を喰らったので、下の303にピンポンしに行ったのだ。303はカムフラージュの可能性もあり、床下から加害刺激が来るからといって真下の部屋に加害装置のスイッチがあるとは限らないのだが、とりあえず真っ先に話をしに行くべきなのは真下であろう。しかし今まで3回行ったが一度も出てきたことがない。今日も返事なしだったので依然として強い疑いが残った。そしてそのあと部屋に戻ったらまだ相変わらず(少し弱くはなったが)加害電波が撃ち込まれていたので、心の中で毒づいた後、部屋にいられないので瓶で気おさめに2回、404と間の壁を叩いてから部屋を出て来たわけだ。

スカイサービスの人との電話では、長年にわたってエネルギー兵器を用いた傷害行為を受けておりその件について一度スカイサービスに相談して貼り紙もして貰ったにもかかわらず加害者サイドが一向に止めようとしないこと、それゆえに先日のトラブルが起こったのだということ、今回のクレームはそれを受けての相手側の逆ギレの表れだということ、今回はっきり波風を立ててしまったためにこの先向こうがエスカレートしてくる可能性もあるので今度こそはきちんと対応していただきたいこと等々、一応こちらの考えていることを一通り伝えた。

どこまで書いた?日記の続きを書く。仕事中、後半のほうではまた眠気が襲ってきて、小台のクレッセント近くの公園で一寝入りしようとベンチの上に横になった。携帯を見ると、auチャンネルの更新があったが、Ezスタイルチャンネルで磯山さやかと「わたぬきさん」が冒頭で「真夏の夜の」「夜!!」と掛け合っていたのが目に止まった。というのは先日見た磯山さやかが登場するというのは、明らかにこの番組の収録のついでに(に)出演してきたという雰囲気をたたえるものであったからである。放送物に「」という言葉があると気になるということを私が最近日記に書いているので、それに乗ってきた形であろう。
確かにこの種のマスコミによる遊びはたいてい他愛のないものであるし、ときにはこちらが面白がれるようなものすらある。しかしこれらが思考盗聴・視覚盗撮とといった技術を利用して成立している以上、それに便乗する人は人間の基本的人権であるプライバシー権というものを根こそぎ剥奪してゆく監視社会の到来に手を貸しているのだと言わねばならない。あともっと素朴な疑問として、一日中私の視聴覚や思考内容をモニターできるのであれば、その「視聴者達」は当然集団ストーカー問題や、私をはじめ多くの人々が、電磁波や超音波のような「沈黙の兵器」で危害を加えられていることも知っているはずである。私の「苦痛」までは放送されていないにしろ、私の携帯ウェブのブックマークは集スト被害ブログ・電磁波ハラスメント被害ブログで溢れかえっているし、私の一日の思考も、攻撃を受けた途端に加害者に対する悪態に急変するのだから。それなのに《今、ヘリが飛んできた》もっぱら「秘密のテレビ」としてのエンタメ部分だけで遊び、このことを見て見ぬふりしているのは全く不可解である。《さっきからヘリが頻繁に来る》

~後略~

2009年8月5日(水)

10:29
今日は久しぶりに相模原公園に来ている(以前頻繁に原付で「遠足」に来ていたわりには、この日記を書き始めてからは一度も来ていなかった)。

~中略~

今日は特にその種の「プチ」が多かったようだが、とても全部は思い出せないし、書き切れないので、主だったものだけ記しておく。

①省略。
《今ヘリが低空飛行でやってきた》とある家の広い門前のガレージで、《今またヘリが来た》兄と立ち話をしている。私は「品川駅を海側に降りて、ハイキングに行った時の話」をしているのだが、実際にはもちろんそんな事は《今またヘリ》していない。しかしの中ではその記憶があったようなので、前の場面でそんなシーンがあったのかもしれない。兄は「コンクリート山ってのは意外とたくさんあるからね」などと言い、地図を取り出して私の行き先を検証しようとしたようだ。すると私たちの周囲に若者達が急に集まってきて黒山の人だかりができた。

2016年9月30日追記:このについての記述中、盛んにヘリを飛ばされたのは、品川駅の海側に品川高校という学校があり、そこに昔広末涼子が通っていたからであろう。何故か当時アンカリングによって広末涼子のことを意識させられていたので、このようなことが起こった。

③(前半省略)そのあと場面が変わったようで、ビレッジ風のマンション敷地内の小径でも歩いているような視界が現れ、耳には男声のナレーションが聞こえていた。ラジオをイヤホンで聞いているような感じだった。その声は「アンアン事件」というトピックについて語りだした。確か雑誌「アンアン」のオーストラリア版が創刊されたのだが、その時に本国日本での記事の内容に問題があるということでクレームがついたというような話だった。

~後略~

2009年8月6日(木)

10:57
今、多摩ニュータウンの諏訪南公園にいる。

昨日はあの後、スペイン語の続きをやり、ベンチに横たわって木漏れ陽を受けながら一寝入りしようとしたが、ベンチに「ぶれ」を伴う衝撃波が襲ってきてほとんど眠れなかった。そのあと相模原公園内を散策、この公園の広大さに驚かされた(今まで手前の方の広場しか知らず、それだけでも広いと思っていたので)。そのあと公園を後にし、緑ヶ丘のリサイクルショップを冷やかしたが、まだ時間帯が中途半端に早かったので、今度は淵野辺公園に寄った。公園をはしごしたわけである。

~中略~

仕事現場への道中、野津田のあたりでコンビニの駐車場にいたパトカーが私を見つけるや否や発進してきたので、ああまたか、と思った(7月3日参照)。バックミラーで見るとやはり私の後方につける方向に進入してきている。その後200mほど走行したが、うざいのでやり過ごそうと道端の自販機の前で停車してみた。するとそのパトカーは私の横を通り過ぎたあと、私のほんの30mくらい前で急停車。さすがに私も「これは車から出てくるのか?」「今日は特別に職質でも用意してきたのか?」などと一瞬考えた。しかしパトカーはそこで急旋回、イエローハットの駐車場に尻を突っ込んで切り返し、大急ぎで元来た道を引き返して去って行った。
ここまで露骨にやられると、どうにも呆れてしまうが、とりあえず偶然を装い、私の「気にしすぎ」に見せかけるというような配慮(というか抜け道)はとっくにかなぐり捨てているようである。民間(?)の集スト工作車両よりも遥かに明からさまな動きであった。

~中略~

帰宅後ごろごろしてるうちに例の睡魔刺激がやってきて、眠りに引き込まれた。その時見たは、ここ二三日続いているのと同じパターンで、浅く短いのオンパレード。その中で一つ覚えているのは、

私は大きなテーブルの前に座ってアシタバ汁を飲んでいる。テーブルの向かい側の席に堀北真希がいて、その右隣(私からは向かって左側)には見知らぬ若い男性がいた。堀北真希がまず若い男性に対して何か言った。そのセリフの内容は忘れてしまったが、そのときの言葉遣いが彼女のイメージからはかけ離れたような乱暴な言葉遣いだった。何かそんな言葉遣いを敢えてしているという印象を受けた。そのあと私に向かって、同じ内容のことを敬語を使って言い直した。私がそれに対して何か言葉を返したかどうかは覚えていない。

このから覚めた直後、先月のトラブル以来さすがに鳴りをひそめていた感のあった隣室404から大きな物音が聞こえてきた。

最近奴らがハマっているとみられる不快刺激による攻撃で深い眠りの中に入って行けず、眠りを分断されてしまうのでこの時間帯の睡眠がいつも中途半端で終わってしまう。この攻撃は起きているときにも喰らっていて、今朝は原爆記念日の黙祷の市内放送が流れ始めるのと同時に何故か強められたりした。いつもは睡眠中に喰らう右手の骨まで貫く痛撃も、今朝は起きている状態ではっきり襲ってきた。

~後略~

2009年8月7日(金)

10:36
今相模原公園にいる。

~中略~

仕事中後半の方でやはり眠くなってしまい、多摩川(神奈川側)の畔の少年野球場のベンチに横になって仮眠をとった。今回は周囲の環境も良く、20分ほどではあったがきちんと眠れた。は自室に帰った直後の睡眠時に見るような、短いリアルながオムニバス風にいくつも続くパターン。そのうち覚えているのは、

①黒い大きな(10cm× 5cm位の)平べったい虫を食べている。虫は図鑑で見たことのある三葉虫に近かった。私の右の方に見物客がいて、「えーあんなの食べるのー?」というような顔をして面白がって私を眺めていた。私は「生きて動いているところを見たら食えないよ」などと言ったと思う。
②何かの大きなイベント(学園祭?)の会場に居る。その中でやっているライブパフォーマンスを見ようと、屋外特設ステージの方へ歩いて行くシーンから覚えている。躊躇なくそこへ足を向けていたので、前段で何かこのライブについての情報を得ていたという覚えがある。ステージは小じんまりしたものだったが、既にそこにはパフォーマーの人たちが上がっていた。ステージの真ん中にいたのはボブカットの若い女性だったが、上半身裸で、胸乳を露わにしていた。前の方にいたオーディエンスからは、「これさっき全部見ちゃったけど凄かった」などという声が聞こえてきた。私も冒頭からこの調子ならこの先もっと面白くなりそうだと思ったが、その途端に目が覚めてしまった。

少なくとも②の方のシーンについては実在のパフォーマーが「出演」してきたという可能性が高い。名前を覚えておけばよかったと思った。いずれにしろこれらのは当然送信されてきたものと考えられるので、私が野外にいても送信は可能なのだということを改めて確認した。

2009年8月9日(日)

13:33
今淵野辺公園に来ている。

昨日はあの後、そのまま相模原公園でスカイサービスに提出する文章を書いた。途中地面の「ぶれ」を引き起こす衝撃波が襲ってきて動悸などが起こり、不快感の中で文案が乱れた。文章が完成した後、帰途についた。

~中略~

溝口の仕事中、また眠くなってきて多摩川畔のベンチで横になり、仮眠をとった。その時見たは、短い断章の連続という感じだったが、その中で最後に見たでは、確かタックルと思われる人物と一緒に居た。タックルが裸になるか何か派手なことを私の目の前でやらかしたので、私が「じゃあケツの穴見せてみろよ」と言った。「別に男に興味はないが、そんな派手な真似できるならできるだろ」「少しは興味あるんじゃないの?」「ない」といったやりとりの直後に目が覚めた。
目覚めた後、何故か右足だけがベンチごとブルブル振動し始めた。

~中略~

最近増えているように思うのは、音声が聞こえてくるのほかに、私自身が何か唐突な言葉を、ときにはかなりの長広舌を奮って語っているという不可思議なである。私自身が普段考えているような内容ならばまだ理解できるのだが、私にとって全く意味不明なことを喋り出していることがあって我ながら理解に苦しむ。意識の水準が下がって無抵抗に何でも受け入れてしまう状態になっているのを見計らって、外部からそれらのセリフを吹き込まれているのではないかという疑いも捨て切れない。

~中略~

先ほどブックオフじゃないと思って通り過ぎた店の中にブックオフも入っているのを見つけ、その店でも(スペイン語の問題集を)探した。しかしそこにも無く、諦めて淵野辺公園を目指し始めたら、その道中から急激にアンカリングナンバーの濃度が高くなった。最近の私は、順方向の車のナンバーさえなるべく見ないように周到に視線を逸らしているくらいなので、16号線のような広い道では対向車線のナンバーなどにはまず絶対と言っていいほど目をくれることはないのだが、試しに無作為抽出的に時おり目をやると、そのつど怪しいナンバーばかりが固まっているのが目に入ってきた。たとえ私に見てもらえず、全てが虚しく空振りに終わっても構わないという勢いであった。これほどの熱の入れようは5月3日以来といった感じなのであるが、確かに今日は盆休みと日曜日が重なっているので手駒が集めやすいという意味ではあの日に条件は似ている。しかし最後のブックオフを後にしたあたりから急激に増えだしたという実感もあるので少々不可解なのである。仮に私の視覚映像がテレビ化しているのだとすれば、私が店内で目に止めた本の内容やタイトル、またその順序やタイミングによってはそれだけでも「視聴者」たちの感情を刺激してしまうことがあるのではないか?などと邪推してしまった。

2016年9月30日追記:本文中では明言を避けているが、この店内で広末涼子の写真集が目に入った後、女の子向けの「HOW TO オナニー」のような本のタイトル(失念した)が目に入ってきたことを意味している。

2009年8月10日(月)

18:14
今日は自室にて。

~中略~

朝食を喰った後ごろごろしているうちに寝た。その時見たは、この部屋にスカイサービスの人が尋ねてくるという。この前実際に来た人とは別の人物で、非常に背が高かった。例によっての中での初対面なのに姿はリアルそのものだった。彼が「昨日引越ししてしまった人がいた」と繰り返し私に言う。わざわざ私を訪ねてきて言うのだから当然私が関係していることを示唆している。「私のせいで引越したということですか?」「誰ですか?」と私が訊き返すと最初は答えに窮して言い澱んでいたが、結局ジェスチャーで隣(404)を指し示した。私は「そりゃあんなトラブルになったんだから居られないでしょうよ。こっちが大人しいと思ってさんざんナメまくった真似してきたんだから。俺とはもうぶつけないほうがいいと考えて組織の方が引っ込めたんでしょう」などと言った。.....こう書いていても実際にあったやりとりを書いているかのごとくとてもリアルなので、当然送信の技術を使い、私の反応を見るべくセッティングされたであろうと思われる。まあ実際には404はまだ居座っているようであるが。
目が覚めたら、体がブルブル震わされていた。

~中略~

寝ころんでいるうちいつの間にか寝てしまったが、その時見たはよく覚えていない。ただ最後の方で、若い女性(いもっち?)のモノローグが聞こえてきて《今、並びの部屋から若い男女の集団が出てきて部屋の前をタイミングよく通った。「ばかちんだよあいつ」などという声も聞かれたが、それは多分「聞かせ」だろう。て書いていると今、耳圧迫が起こった。要するにこの女性はいもっちではなかったらしい》「原色〇〇」という漫画が良い、女の子の気持ちが表現されているというようなことを言っていた。するとその後に別の女性の声がして、「そんなの大したことない」と、その意見を否定するようなことを言った。

その後目が覚めたが、その直後にトイレに入ればトイレの壁を叩く音がしたり、トイレから出て腰を下ろせば部屋の前を急に騒がしい話し声が横切ったり、それと同時にサイレンが聞こえてきたり、隣室の窓の開閉音がしたり....と、にわかに周囲が騒然となった。この夢が何か?とも思ったが、あまり覚えていないし、そんなに重大なシーンとやらもあったようには思えないので、私はずっと首をひねっていたのである。そんなことがあったので、さっきこの夢について書き始めた瞬間に起こったタイミングの良いおしゃべり集団の出現もそれと関連付けて受け止めたわけである。

2009年8月11日(火)

10:59
今淵野辺公園に来ている。雨上がりで不安定な天気。

昨日はあの後、夕飯食ってゴロゴロした。相変わらず不快刺激は続いていた。台所前のフローリングの床に横になっていたら眠くなってきていつしかうたた寝。その時見たは久しぶりに擬似てんかん状態から始まるで、自分がの中にいることに気づいている(明晰)だった。最初のほうはよく覚えていないが、例によって一人ではしゃぎ、「光と闇が交互にやってくる!」とか何とか叫んでいた。そのうち周囲に誰もいないことに改めて気づき、誰か人がいないか探しに出かける。~中略~今度は別の建物の室内にいる。その建物は海岸べりに建っているのか窓の下に海が見えたので早速机の上に乗り、窓ガラスを割って飛び込もうとした。するとチトシと思しき友人が出てきて、「それ(窓ガラス)割れないよ」と言った。彼に言われた通りその窓ガラスはなぜか割れないのだった。私は癇癪を起こして彼の頬を叩いた。その後どうした案配か、揉み合っているうちにいつの間にか彼の上に肩車の形で乗っかっていた。下に降りたらビンタのお返しを食らうと思っていたが、結局下に下ろされ、私は観念して自分の頬を差し出した。すると彼が手加減して軽く2回私の頬を叩いた。思いのほか反撃が軽かったので、私は「優しいな」と言った。そのあと隣の部屋に行き、そこでも私は窓ガラスを割りたがった。チトシがそれを止めようとするので、「いいじゃねえかよう、どうせなんだから死なねーよ!」などといった覚えがある。結局最終的には海岸に降り立つことができたようであるが、そこにはチトシもついてきていて、「それより備えは大丈夫? 3ヶ月後に大災害が来るよ」と言った。さらに「俺は車6台買って6箇所の駐車場に入れてある」と言ったので、私は「あーそれ知ってる。確か前に見た夢でチトシが車6台買った夢っていうのがあったような...」と言った(実際にはそんな夢は見ていないので記憶の錯誤である)。その後二人で防波堤の上を歩いて行くと、いつの間にかその防波堤は駅のホームになっていて、多くの人々が行き交っている光景が目に入った。駅の出口のほうに歩いて行くと、その向こう側にあるトイレの入り口の前で、いかにも見張り役といった感じの男が立っていた。どうやら私たちがそこへ入らないようにガードしているようだった。私たちはその手前の通路へ曲がって、駅から出て行こうとするのだが、一行の人数がいつの間にか増えていたようで、私のすぐ左隣には見知らぬ若い女性が歩いていた(パンツ姿で帽子をかぶっていたようだ)。私が彼女の顔を少しばかりまじまじと見ていたら目が覚めた。

書くと長くなるのは結構詳細を覚えていたからで、実際にはほんの数分間といった長さの夢だったのではないだろうか?

~中略~

まだ眠気は残っていたのでその後も寝た。その時もそこそこまとまった夢を見たはずなのだが、目が覚めたと思ったらその直後に激しい地震の揺れが起こり(震度4)、夢の内容を忘れてしまった。これに関しては地震の揺れで目が覚めたのではなく、明らかにいったん目が覚めた後に、揺れが起こったのを覚えている。そのあと確かもう一度まとまった睡眠が訪れ、その時にも夢を見たが、結構リアルだったような覚えがある割にほとんど覚えていない。わずかに覚えているのは最後の方のワンシーンで、見知らぬ家のキッチンで「そういえば旅行中アキ(兄)とは一度も連絡がない」と私が母に言う場面。「今回の??にはケミカルが関係してると思うし」などとも言った。そして私がキッチンから出て行こうとすると、母が「なんか変なにおいがする」と言った。

2009年8月12日(水)

11:57
今、相模原公園に来ている。到着してゲートをくぐろうとした瞬間と、ベンチに腰を下ろした瞬間、あとこの日記帳を取り出した瞬間にぴったりタイミングを合わせるようにヘリが低空飛行で3回やってきて私の上を飛んで行った。

昨日はあの後、淵野辺公園でウェブを見たりして過ごし、帰り三和に寄って買い物して帰宅。通常の買い物のほかに備蓄用の米や味噌などを買ってきた。どこまで役に立つかわからないが。そのあと久しぶりにテレビをワンセグで見たりしながらワインを飲んで寝た。その時見たはほとんど覚えていないが、

最後の場面では野球をやっていた。どんなメンバーでやっていたのかは覚えていないが、結構楽しんでいたようだった。しかしあるとき、ふと見ると私以外のメンバー全員が忽然と消えていて、一人ぼっちになっているのに気づいた。そこはとても広いグラウンドで、野球場がもう一面とってあり、私以外のメンバーは皆そちらに移動してしまったのだった。私は大急ぎでもう一つのダイヤモンドの方へ駆けつけて入れてもらおうとする(というか勝手に参加したようだ)。もともと既に試合が行われていた所へ、私たちが後から加わったせいか、同じ守備ポジションに野手が二三人居るなど明らかに人員過剰になっているのが見て取れた。あと「〇〇農林」という文字をユニフォームか何かで目にしたのを覚えている。

目が覚めるとすでに時刻は午前3時半近くになっていたので、すぐにシャワーを浴びて仕事に出かけた(ピザチラシ。西大沼1・2)。仕事終了後、まっすぐ帰宅。朝食(納豆+オクラ+とろろのねばねばスペシャルというのをやってみた)を喰った後、ごろごろしているうちに眠くなってきたが、馬鹿の一つ覚えの嫌がらせを今日も受け、入眠を振動攻撃で妨害された。手などに痛みも残った。かろうじて眠りに達したつかの間に見た短いもほとんど忘れてしまったが、一つだけ覚えているのは、

ジェットコースターのような乗り物があって、その脇にレールに沿ってピアノの鍵盤が延々と伸びているというセットの中、挑戦者たちがその乗り物に乗って走りながらピアノをどこまで弾けるかというようなゲームが展開した。確か三人挑戦して、前の二人は成功したが、三人目に出てきた若い女性は出だしまもなくつっかえてしまったと記憶する。

2009年8月13日(土)その1

10:38
今、多摩ニュータウンの諏訪南公園に来ている。

昨日はあのあと相模原公園で日光浴・森林浴をしながらのんびりした。2ちゃんねるを見ている最中に携帯のバッテリーが切れたので3時ごろ帰途につき、途中コンビニでワインとビールを買った。帰宅後買ってきたワインとビールを飲んで寝た。そのとき見たは、最後のほうの場面だけ覚えているのだが、

逗子の家のリビングと思われる部屋にいた。私がソファーの左側に座っていて、その正面(雨戸を背にする位置)に若い女性Aが椅子に座っており、さらにダイニングとリビングの間のスペースに、もう一人若い女性Bが床に座っていた。二人の女性は両方とも見知らぬ女性だったが、その姿は例によってとてもリアルだった。Aのほうの女性は中くらいの長さの髪でスカートを穿いており、Bのほうの女性はジーンズを穿いて、長い髪を束ねていたと記憶する。Aの女性が私に対してしきりになじるような言葉(具体的には覚えていない)を投げかけていて、一方Bのほうはもううんざり、という感じで目を閉じ、半ば横になるような形で足を投げ出していた。前の場面でこのような状況になるような伏線があり、それを踏まえていたのかどうかわからないが、その状況に置かれた私は、「Aという彼女がありながらBと浮気してしまい、それがばれて糾弾されているという修羅場」であると認識して、何の疑いもなくその状況を受け入れたようだった。最後女性Aが洗面所のほうに去ってしまうと、そこまで追っていって彼女を説得しようとしたのを覚えている。この二人の女性に面識は無いし、これと同様のシチュエーションを経験したこともないので、なんでこんなを見たのだろうと考えていたら思い当たることがあった。寝る前、ワインを飲みながらの「脳内演説」の中で、「俺は今まで彼女というものができたことがないから、実際にできたときの心境の変化というものは未知数で、もしかしたら豹変して一途になるかもしれないし、案外できても目移りが続くかもしれない。それは自分でもわからない」というようなことを言っていたので、それに呼応する形で、私の反応をテストするような設定のを送りつけてきたのではなないだろうか。

目が覚めた後、仕事に行った(長津田)。ラジオでは「チャイム!」を聞いていた。そんなにピリピリしながら聞いているわけではないが、歌詞に(寝ているときの)という言葉が入っている楽曲が使われることが相変わらず多いと感じる。「」という言葉は、歌詞の中で最も頻繁に使われる単語の一つなので、スムーズに耳に入ってきてしまい私自身ともすると聞き逃してしまうほどなのだが、「寝ているときの」という意味で使われているケースは、ある程度意識的に選曲しないと集められないのではないだろうか。まあそれ自体は何の悪意も含まない言葉なので、感情的にはなんということもないのだが。ただ帰り道でかかったラムのラブソングは、ちょうど先刻見たばかりの夢の内容を仄めかされているように感じ、それとは別にちょっと気になった。選曲のテーマが「星」にまつわる曲ということだったのだが、うる「星」やつらという理由で選ばれたとするとやはりちょっと強引な気がする。さらに私が「不幸のブログ」を読んでいることへの仄めかしの意も含まれているかも知れないと思った。

2009年8月13日(土)その2

帰宅後、早めの朝食を食ってゴロゴロしていると、例の睡魔攻撃が襲ってきて寝た。その時見たは、

①まず冒頭の方で宮廷かサロンのような場所で音楽家がピアノを弾いているという短いがあった。私はこれを映画「アマデウス」になぞらえて認識していたようで、音楽家はモーツアルトであろうと勝手に判断していた。その場に欠けていたのが、皇帝のヨーゼフ2世だと考えたらしく、自分がそれになりきって、かつハメを外して馬の真似をして踊ってみせたようだ。
②そのあと悪魔的な雰囲気の短い、浅いが続いた。何か書類を見せられて、何故かそれがいわゆる「妊娠中絶同意書」であると思い込み、「俺知らないよー!」と悲鳴を上げると、目が覚めて部屋の万年床で横になっている自分に気づいた。しかし金縛りにあった時のように体が動かない。すると背後からドンドンドンドンと、壁を叩くような大きな音がして、頭の中からは何人もの人の声が聞こえ始めた。最初ムニャムニャ言っていて何を言っているのかよく聞き取れなかったのだが、そのうちその中に「答えろ!」と言っているような声が聞こえたので、闇の中で立ち上がりながら、「何をだ!?」と言い返すと、また複数の人の声がムニャムニャ聞こえた(その中には「男」と言っている声があったと思う)。そのあと目が覚め、最初に目が覚めたように思ったのも全部だったことに気づいたのだが、実に紛らわしい二重であった。

私は覚醒時に(脳内)音声送信の被害を受けた記憶は無いのだが、送信を受けている以上、睡眠時を選んでその技術が私にも使われていることは確実なので、音声送信という技術自体に対しては今さら驚愕の念は無いのだが、やはりやられていい気持ちはしないだろうと改めて思った。この夢は加害者サイドが覚醒時の音声送信とはこんな感じだよ、というサンプル提示を、現実と取り違えるほど眠りの浅い夢うつつの状態を選んでやってきたものだったのではないかと憶測した。

~後略~

2009年8月14日(金)

11:23
今、相模原の途中にある貯水池(昭和橋よりさらに下流)に来ている。近くにラジコンの水上艇を走らせているグループがいる。結構うるさい。

昨日はあの後、諏訪南公園からの帰りに永山のブックオフに寄って時間をつぶした。4時ごろ帰途につき、自宅近くのクリエイトに寄ってお茶とサンダルを買って帰宅、ワインを飲んで寝た。その時見たはほとんど覚えていないが、確か最後のほうで、街道沿いのファミレスの駐車場みたいな場所で新聞か雑誌を読んでいるという場面があった。記事の中には「自分のことを歌詞のネタにされている被害者たちに対して補償がなされる」という条りがあった。

目が覚めた後、仕事(ピザチラシ。西大沼3、東大沼1~3)。「チャイム!」では「チャイ散歩」といってパーソナリティーをどこかの街に派遣してレポートするという企画を立てているらしく、以前からお勧めの街をリスナーから募集していたのだが、今日あっきー(鈴木あきえ)の回を聞いていたところ、彼女が逗子に行くと言っていたので驚いた。ナックファイブは埼玉県にある放送局であり、他のパーソナリティはみな埼玉県内の街に行くことになっている中で、いかにも唐突だった。

~後略~

2009年8月15日(土)

9:38
今、相模原公園に来ている。

~中略~

帰宅後、ビールとワインを飲んで寝た。その時見たは、最後のほうしか覚えていないが、

私は多くの若者達と、屋外の集会所のような広場にいる。どこかの公園か大学のキャンパス内にでもありそうなスペースである。薄暗くて時間帯は遅いようだった。私の真向かいに先生らしき人物が見えたのだが、それはA布のN先生に似ていた。私の手元には軽金属で作った、棒の先に丸い玉のついたオブジェがあり、私はなぜかそのオブジェを「オチョ」と名付けていたようだ。どうやら私たちは美術学校の生徒になっているらしく、各々自分の作品を持参して担当教官の前で発表することになっていたようだった。一人の女子学生が自分の作品について説明を始めたが、先生がそれに対して何か質問をすると、その女子学生の姿が実写から昔風のアニメーションに変化し、答えに窮して汗をたくさんかき始めた。するとその汗がそのまま雨になったかのように、急にその場に雨が降り始めた。

目が覚めたら午後10時台だったが、まだ寝たりないような気がしたので、台所前のスペースに移ってもう一度眠った。その時見たはごく浅いだったが、自室のテレビ(実際にはもう何年もスイッチを入れていない)で高校野球の中継を見ている。というか部屋の万年床で寝ぼけたままテレビ画面を見ていたらそこで高校野球がやっていたという感じ。非常にクリアに実況アナウンスの声が耳に響いていたのだが、その内容は思い出せない。ただその中で「札幌高校」という言葉が何度か出てきたのを覚えている。「今、…ている間に札幌高校に大きな流れが…」というようなセリフがあったようである。

目が覚めた後、すぐに支度して仕事に出かけた(ピザチラシ。若松1~3)。出掛けに集合ポストを覗くと、注文してあったスペイン語の問題集が届いていた。発送元の住所は札幌市で、その住所が大きな文字で包装紙の上に踊っていた。

仕事中はいもっち(妹尾友里江)の「チャイム!」を聞いていた。番組冒頭一曲目に流れた曲(高橋ひとみ+ビートクルセイダーズ)の歌詞が早速がらみで怪しげだったことや、曲の歌詞に注目するというコーナーで、ボニーピンクの曲を取り上げ、「眠れない夜にあなたのを見ようと思って目を閉じる」というような部分を真っ向から取り上げてコメントしていたのが特に気になった。《この段落を書き始めたら、胃の筋肉が引っ張られるような鈍痛が起こった》

~中略〜

私の個人情報の漏洩、とりわけ思考盗聴の実態について精細に記すのであれば、本当は私の日課となっている飲酒中の「脳内演説」やその日に心の中に多く現れた「脳内バグ」などについて詳しく書き、その一方でマスコミ(今はラジオが多いが)やネット上で耳目に触れる事柄についてももっと書いたほうが良いのかもしれない。その両者が常に対応関係にあるということが、私が思考盗聴下に置かれていると確信している大きな根拠になっているからである。しかしながら私はこれらの事柄(脳内演説・バグ・マスコミ・ネット等の内容)についてはこの日記では必要に応じて取り上げる事はあるものの、あまり重点を置いてこなかったようである。それは「書いていたらキリがない」「面倒くさい」というのもあるが、そもそも思考盗聴ログや視覚盗撮情報が多くの人々に共有されているのならば、彼らの方がこんな日記よりはるかに豊富で正確な情報を既に手にしているはずなので、所詮かなうわけがない。一生懸命書いたところで、虚しい気持ちにもなるからである。もともとこの日記は、現在の世界が既にこのような技術環境・モラル環境に達しているということをまだ知らない、加害者でも被害者でもない第三者の人たちに読まれることをぼんやり想定しながら書き始めたのだが、今にして思うことは、そのようなほんとにイノセントな人たちが果たしてどれだけ残っているのか?私自身がターゲットなので、当然私の周囲は「知っている者」達の濃度がぐっと高くなるのは当然であるが、それを差し引いてももう相当周知されて来ているんじゃないかと実感している。しかしそれは残念ながら被害者側の広報ではなく、加害者サイドのリクルートが秘かに進んでいるという意味においてである。「周知は進んでいる ― 加害者としての」という事態になっているんじゃないかという危惧の念を禁じえないのである。


特に私がそのターゲットとなっていると思われる「視聴覚中継」の参加者たちはその参加にあたってモラル面の敷居の低いことが窺われ、何の罪悪感もなく易々と最先端技術の秘中の秘に触れることができてしまうことから特にその危険性が高いと思われる。エンタメやゲーム感覚で気軽に足を踏み入れてしまったとしても、いちどその秘密に触れてしまったからにはもはや引き返すことができない。逆にこのシステムを考えついたやつは賢いと思う。彼らとしてはおそらく(数を減らした後の?)全人類をこのシステムで監視し、支配するつもりでいるのだと思うが、そのための馴致期間としてまずは多くの人々を「監視する側」として誘いこんでこのシステムについて周知させる。ターゲットの数が圧倒的に少ない現状でそれをやれば「闇テレビ」状態になり、隠れたエンタメとしてますます多くの人を引き込む。すっかりこのシステムに人々が馴染んだところで、頃合いを見計らって、これからはこのシステムでお前たちを管理すると宣言すれば、人々にはもはや抗う力も意志も残っていないだろう。今まで監視する側、楽しむ側、勝ち組だとおだてられて飼い慣らされてきた上に、このシステムに繋がれたターゲットがいかなる方法をもってしてもそこから逃れないさまを散々「視聴者」として見てきているからである。監視される者の方が圧倒的に多いとiうことになれば、もはやエンタメもへったくれもない。ただの監視地獄である。独りごく一部の支配層だけが一方的に全人類の大部分を監視するということになってしまうだろう。


~後略~

2009年8月16日(土)

10:00
今稲城中央公園の陸上競技場のそばにいる。

~中略~

台所前スペースでごろごろしているうち何度も眠りに落ちたが、それと同時にワンパターンの振動攻撃をかけられて、すぐに目が覚めたりした。その結果浅い、短いをたくさん見た。以前も言ったがこういう状態の時は一瞬意識のレベルが下がっただけでもすぐさまリアルなの世界が立ち上がってしまうので、それらをいちいち一つのとしてカウントすると膨大な数になってしまうことになるのだが、忘れてしまっているものもあり、割愛するものもありということで結局主だったものだけを書くことになる。

①省略。
②田舎っぽい一本道をバイクで走っている。すると前方の路上に大きな深い水たまりができているのに気づく。水にはまって停止したのかはハッキリしないが、とにかくその辺に一旦バイクを止めたようである。すると右側の山陰から打ち上げ花火がポンポンと上がっているのが見えた。
③年配の女性と話している。場所は南長崎に住んでいた頃の自分の部屋に雰囲気が似ていた。私は聞き役で女性の方が一方的に誰かに対する不満を私に語っていた。彼女曰く「でも玄関の前は、ホラ、糞だらけでしょう。家に入ると洗面所に髪の毛がいっぱい。全部外国人の。両親がいないんで留学したらしいんだけどその後日本に帰ってきて…」云々。
④見知らぬ会社で働いている様子。バイクで出勤したのでポスティング会社だったかもしれないが、はっきりしない。会社は商店街の中にあり、会社裏の道の向かい側に店舗がなかったようなので、線路の近くだったのかもしれない。私は同僚のバイクの後について会社の裏から出動した。同僚は私より若い人で髪を茶髪にしていたが、バイクに乗ったときの後ろ髪がとても長くて女性のように見え、あれ?この人女だったっけ?とちらっと思った。それよりこの人がノーヘルでバイクに乗っているのを見て私自身もノーヘルであることに気づき、ヘルメットを取りに会社に急いで引き返した。

目が覚めた後、一旦長いインターバルを挟み、また眠くなってきて寝た。その時見たも前半と同様の感じだったが、そのうち覚えている主なものを書くと、

①延々と朗読だか朗読調のメッセージソングだかが聞こえた。内容はストレスで学校に来れなくなった教師に当てたメッセージという感じだったが、詳細は覚えていない。最後に校庭の前の路上風景が映し出され、「〇〇先生、もう一ヶ月学校に来ない」というフレーズが聞こえてきたが、このフレーズには確実にメロディーがついていて歌になっていた。
②省略。

~後略~

2009年8月17日(月)

9:37

今、相模原公園に来ている。昨日よりさらに日差しは穏やかで、良い天気。


昨日はあの後、稲城中央公園でスペイン語の問題集をやったりした後、まだ帰るには時間が早いと思ったので再びバイクに乗って北上、多摩川を越えて東京の方へ行ってみた。するといつの間にか三鷹市に入り地名が下連雀になっている。そこで下連雀には早稲田時代の友人のM君の家があったことを思い出したのだが、ついでに彼の家の住所が下連雀6-6-6だったことも思い出した。なんという偶然か、ついさっき読んだばかりの今日の「不幸のブログ」の記事が、所在地が6-6-6であることを大きく表に掲げたユダヤ系企業についての記事だったので、これは絶対この記事に触発されてM君の家のことを思い出し、久しぶりに見に行こうとしていると誤解されると思った。実際下連雀にいる間はアンカリングナンバー車両の濃度が高まったようだ。ズバリ666というナンバーの車にも出くわした。パトカーとの遭遇もあった。早く下連雀を通過しようとあせり、一旦別の街に出たが、環八から吉祥寺駅前で帰途についたときまた下連雀に入ってしまい、結局行き帰りとも通過することになった。私自身に全くそのつもりはなかったのに、吸い寄せられるように下連雀に向かってしまったことが、不本意かつ不可思議であった。


遠路戻ってきて、帰りに三和の木曽忠生店に寄って買い物。店に入る直前の道でのナンバーアンカリングがきつかったなと思いながら店内に入ると、一旦私の近くを通りすぎた後、また私の隣に来る女性がいた。それは小学校時代の同級生で、A布の大先輩にも当たるAさんだと認められた。彼女について詳しいことはここには書かないが、彼女の出現は、私がどうリアクションするかテストするためのセッティングであると思われ、話しかけたりする気にはならなかった。レジではなんと、5月15日5月21日に書いたに出て来た年配の短髪の女性が、私の隣に立っていた。の中で先に出会った後、リアルの世界で私の前に現れるというパターンは珍しい。ちなみに買い物を終えて、店を出るときにすれ違いで入ってきた女性も同じく小学校の同級生のKさんだったので、グループで連携してのセッティングであったことが窺われた。というか、私はこの三人にだけ気づいたけれども、実際にはあの場にもっとたくさんの私の昔の知人や関係者がいたのではないかなどとまで考えてしまった。普段私が気がつかないだけで、この種のセッティングやリアクションテストが頻繁に行われている可能性は高い。特に私に対して狙いやすいのは、バイクを走らせているときの沿道での出現で、これについては多くの実例がある。


帰宅後、ビールとワインを飲みながら先刻の三和での件についていろいろと脳内演説をした。その後いつの間にか寝た。その時見たは、

高級住宅地(TBS披露山庭園住宅かも知れない)のようなロケーションの中、芝生の中を通っている道を歩いていると、道端の芝生の上でしゃがんでいる人がいる。よく見ると中学時代の同級生のT君だった。「おっツッチョ!」と私は言ったが、あまりにタイミングが良いので「あっ!これじゃないの?」と言った。言ってはみたものの体感的には非常に確かな現実感があったので本気で疑ってはいないようだった。しかし彼は静かに笑っているだけで否定してこない。「あーやっぱりだ!」と私は言った。T君は「昔の仲間はみんな彼女ができたんで、あと残ってるのは〇〇(私のことを何と呼んだかが思い出せない。当時ならハルと呼んでいたのだが)だけだよ。彼女作ってギックリ腰になるくらいやんなくちゃ」と言った。私「じゃあ誰か紹介してくれよ。・・・でもそういうんじゃうまくいかないか」 T君「ギックリ腰はつらいよ」私「わかる。俺も2回やったことがあるから」


目が覚めると、久しぶりに目の奥から頭の内奥へ広がる痛みと目ショボ感が残っていた。振動もかけられていた。


~後略~

2009年8月18日(火)

10:05
今、多摩ニュータウンの諏訪南公園にいる。

昨日はあの後、相模原公園でスペイン語の問題集をやり、疲れて調子が落ちてきたところで切り上げて帰ってきた。帰宅後ビールとワインを飲んで、ワンセグを見たりなどした。そのあと台所前スペースに横になって寝た。その時に見たは、

①バイクで移動している。何の用事で移動していたのかはよく覚えていない。広い坂道を降りてきたところで、耳元で鳴っているラジオ(?)に耳を傾けると、若い女性の声で「学会員のDJ(?)では松岡みゆきがキライ」という声が聞こえてきた(松岡みゆきとはJ-WAVEに出てくるフリーランスアナウンサーの女性である。元旦に怪しげなニュースを読み上げたのは彼女。「学会員」かどうかは知らない)。
②省略。
③ とある会社の休憩室といった部屋に居る。長い机が何列か並んでいてその周りにたくさんパイプ椅子があるようなありがちなスペース。そこで弁当を食べようということになった《今、スカイサービスのTさんから電話あり。手紙は読んだとのことで良心的な対応だと感じたが、それ以上突っ込んだ対応を求める事は控えておいた。また何かあったら連絡するということで電話を切った》らしく、一人の若いOLが自作の弁当を取りだしてきた。その間私は彼女と親しげに会話していたようだったが、何を話したのか具体的には覚えていない(彼女の態度は好意的だったが私に対して敬語を使っていたことを覚えている)。の中での私の振る舞いを振り返ると、とても初対面だったとは思えないのだが、コーワーカーという設定だったのだろうか?彼女は私の隣に座り、弁当箱を開けて見せた。そこには様々なおかずが彩り良く並んでいた。私はおすそ分けをしてもらえるんじゃないかと思って期待していたが、彼女のさらに右隣から別のOLが出てきて、「〇〇さんのお弁当は自然の息吹きがいっぱいだから…」などとほめながら、弁当の中身を別の容器にぶちまけてしまった。盛り付けが台無しにされて怒っているのかなと思って隣の女性を見ると、案外平気な顔している。私は「これってどう思う?」と言うように、右斜め前に座っていた男性社員に視線で反応を求めたが、男性社員は「知るか」というような不機嫌そうな顔をしていた。

このに出てきた人たちの姿、声、立ち居振る舞い等、どれをとっても実在の人物と変わらぬリアリティが感じられたが、私が実際に知っている人は一人もいない。

④父が私に対して、「ハル(私)が泥酔しているときにベラベラとアキ(兄)の悪口を言っていた」と言ってくる。私が覚えていないと言うと、父はちゃんと記録をとってあると言って紙に書かれている文章(活字・横書き)を見せてきた。そこには確かに泥酔者の戯言のような、支離滅裂なセリフが延々と記されていた。私は「記憶がなくなるほど飲んだときに出てくる放言なんて本音でもなければ『無意識』の表れとやらでもない」というような抗弁をした。
⑤省略。
⑥何かの建物の玄関の奥にあるスペースにいる。その左隅に机やらコピー機やらが置いてある処があって、私はそこでポスティングの仕事の準備をしていた。チラシの内容は父の仕事と関係していたようで(全労済関連?)、「今、絶交してるのになあ」と思いながら作業していた覚えがある。複数のチラシをセットにして袋に封入しておくという面倒な準備作業が必要な上に、袋とチラシの数が合っていないようで、作業が思うようにははかどらず、イライラしていた。そこに痩せ型の若い男が後から入ってきて、私のすぐ横で何やら自分の用事を果たし始めた。私はイライラしていたのでこの人物の出現をものすごく邪魔に感じた。途中で机の上に置いてあった2L入りのペットボトルが机の裏からストーンと床に落ちる音が響いた。男は自分の用事を終えると、去り際に私に向かって「静かな病院ですね」と言った。私は口を閉じたままこれに返答したので「ウー」という発声になったと思う。すると男は少し怒ったように「今なんて言った!?」と後ろの方から大声で訊いてきた。私は「はいって言ったの!」と大声で答えた。と、そこで目が覚めた。どうやら私が居たのは病院だったようだ。

~後略~

2009年8月20日(木)

10:10 今、稲城中央公園にいる。野球場のライトポール際の芝生の上にいるが、目の前では野球の試合が行われている。 昨日はあれから、公園でスペイン語の続きをしたあと携帯でウェブを見たりした。2ちゃんねるで「チャイム!」のスレッドを見ている最中にまた携帯のバッテリーが切れた。 ~中略~ その後、飲んでいると隣室402からカップルの声が聞こえてきたので、試しに脳内演説風に彼らを批判するようなことを心の中で言い募ってみた。すると案の定と言うべきか、彼らのわざとらしくふざけ合う声は私の「話」が一段落してしばらく頭の中がサイレントになった時に起こり、また私が脳内でごちゃごちゃ言い始めると向こうは静かになるというリズムが形成されていることに気づいた。つまり私の「話」をひとまず「聞いて」から、それを茶化したり無視したりしようと躍起になってはしゃぐために、このような形になるものと思われる。あらためて思考盗聴の疑いが強まったところで、彼がA布の一外(第一外科)の学生であるということを念頭に置いて、私の同級生で一外だった人たちの名前を一人ずつ挙げ、教授の名前も出してみた(もちろん引き続き脳内で)。すると彼はベランダに出てきた後、ひときわこちらによく聞こえるような大きな声で、「知らね。」「知らね。」と散発的に二度言い捨てて室内に戻って行った。

2009年8月21日(金)

10:30
今、相模原公園にいる。

昨日はあの後、スペイン語をやりブログチェックなどもした。今まで書いていなかったが、「不幸のブログ」にアクセスして読んでいる最中に、必ずと言っていいほど携帯のバッテリーの残量が1段階減る(3→2とか、2→1とか)。正確に数えていないが、もう4日くらい連続でそんな感じである。その日のそれまでのバッテリー使用量とは明らかに無関係に起こる現象である。以前、「不幸のブログ」絡みだったかは忘れたが、もっと露骨に3から1まであっという間に2段階減ったこともあった。遠隔操作でそんなこともできるのは分かっているが、あまりにも明らさまであった。

~後略~

2009年8月22日(土)

9:46
今、稲城中央公園に来ている。

昨日はあの後、相模原公園で携帯でブログチェックをしていたら、案の定また「不幸のブログ」を読んでいる間にバッテリーが3→2に減り、さらにその次に「バッカス&ミューズ」を読んでいる間に2→1に減った。「不幸のブログ」と「バッカス&ミューズ」は立て続けに読む習慣があるので、少なくとも2→1への減り方はあまりにもあっという間で、どう考えてもおかしい。要するに直前にこの件を日記に書いたことへの反応なわけだが、広々とした公園の芝生の中、至近には誰も居なかったので、やはり遠隔操作(サテライト等の利用)によるものだと思われる。

~中略~

今朝は一応まとまった睡眠をとることができた。その時見たはほとんど覚えていないが、最後バイクに乗っているシーンになった。信号待ちらしい状況で停車していると、私の左隣にもう一台、原付バイクが停車しているのが見えた。やがて信号が青に変わり、二台並んで走りだす形になったが、前方の歩道に警官が待ち構えていて私たち(?)を呼び止めた。どちらに声をかけたのかよく分からなかったが、もう一台のバイクは言われた通りに警官のいる方向に向かって減速して停車した。私は面倒なので気づかないふりをしてそのまま通り過ぎた。もう一台のバイクの運転者が警官に「免許証を見せてください」と言われているのを尻目にその場を急いで後にした。

実際にありそうなワンシーンであるが、このように警官・パトカーが登場してくるというのも、この日記をつけ始めてから急に増え始めている。以前はそんなはほとんど無かった。今さらではあるが、この点も確認しておく。

2009年8月24日(月)

10:32
今、諏訪南公園に来ている。

~中略~

昨日は相模原公園で弁当を食べた後、持って来ていた日記のバックナンバー(vol.1)を読んだ。読んでいる最中、屋外にもかかわらずぶるぶるという振動が私の居るベンチ全体にかけられていた。そのあとベンチの上で横になり昼寝を試みたが、その間も相変わらず振動が続いていた。ベンチの幅が細いこともあって深い眠りに入って行けず、うとうとした程度。起きると体の節々が痛かった。

「不幸のブログ」にアクセスしてみたら昨日はもともと3あったバッテリー残量が読んでいる間に2段階減って1になった。バッテリー消尽工作が遠隔でできることを改めてデモンストレートしてきたわけであるが、ここ二・三日、以前にも増してわざとらしくエスカレートしてきているのは、当然私が8月21日にこの件を日記に取り上げたことに対する反応であり、私の日記を盗読できているという今更ながらのアピールであろう。

いささか時間をもてあました形になり、やることを見つけようとすでに終わらせたスペイン語の問題集をあらためて開き、《今、ヘリがやってきた。ほぼ真上を低空で通過》その例文として載っている西文を、訳文の方から逆に西訳してみようという試みを思いついた。その際、"Queremos reservar mesa"という文を読んだばかりなのに、この文を頭の中で冠詞をつけた形で"Queremos reservar 「la」 mesa"と間違って反芻してしまった途端、遠隔により振動がかけられた。私は腹を立て、心の中で加害者達に毒づいたのだが、その途端雨がポツポツ降ってきた。腹ふくるる思いのまま帰途につき、クリエイトでワイン、虫除けスプレー等を買って帰宅。その後ビールとワインを飲んで寝た。その時見た夢では、

小泉今日子とおぼしき女性が出てきて、自分自身の経済的な事情について語っていたようだ。どこかの会社と契約したのだが、そこから得られる収入がどうのこうの....と、やや不満気なニュアンスだったと思う。会社名や金額等についても全て具体的に挙げていたので、かなり込み入った話のように記憶するが、詳細は思い出せない。私と彼女の間に誰かもう一人いたと思うので、三人以上がその場にいたことになる。私と彼女が直接会話を交わした記憶は無い。

~後略~
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Author:bukanbasabasi
2008年12月24日から2011年6月11日までの日記。異常な日々。

(日付を昇順に並べ替えるにあたって、エントリーの年月日・時刻はいじってあります。悪しからずご了承下さい。)

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